斬られ役、見守る
210-①
〔ご主人様!! 急ぎましょう!! って言うか何コレ……表面はブヨブヨしてるし、中はネチャネチャしてるし……うわっ何か変な臭いする!? 気持ち悪っ!!〕
「す、スマン魔っつん!! 後でピカピカに磨いたるからな!!」
誤って自分の足を斬らないように、魔穿鉄剣で両足に足に
見守る視線の先……フリード達は、誰かがイットー・リョーダンを手にしている間は、他のメンバーが雑兵を食い止めたり、教皇を牽制したりと、互いにフォローし合いながら、異形の怪物と化した教皇と互角に渡り合っている。
〔何だか嬉しそうですね、ご主人様〕
「不謹慎かもしれんけど、アイツらがイットーの事をちゃんと扱えてると思うとな?」
聖剣イットー・リョーダンは、秘められし力を引き出す事が出来れば、巨大な岩や鋼鉄の塊ですら易々と斬り裂く事が出来る特別な力を持つ聖剣であり、その力を引き出す為には、とある資質が必要であった。
その資質さえ持っていれば、生まれて初めて剣を握る者でもイットー・リョーダンの真の威力を引き出す事が可能であり、反対に、その資質が無い者は、いかなる剣の達人であろうとイットー・リョーダンの真の威力を発揮する事は出来ない。
……余談ではあるが、『王家の血が〜』『選ばれし者にしか〜』『相応しくない者が手にすると呪われる〜』などの聖剣イットー・リョーダンにまつわる数々の伝説は、およそ三百年前にイットー・リョーダンが吐いてしまった小さな嘘に三百年もの間、尾ヒレが付きに付きまくった結果である。
話を戻し、イットー・リョーダンの力を引き出す為の資質というのが《思いの純度》の高さである。
《思いの純度》とは、平たく言えば、『この剣はよく斬れる剣である』と、どれだけ強く純粋に思う事が出来るかという事である。
簡単そうに見えてこれが意外と難しいもので、この剣はよく斬れる『はず』とか『だろう』という思考があった少しあっただけでイットー・リョーダンの斬れ味はガタ落ちしてしまう。
即ち、『聖剣イットー・リョーダンを真に扱える者』とは、『強く純粋な心の持ち主だけである』というのが本来の内容だった。そう、それが本来の内容だったのだが……
生粋の時代劇バカである武光は、長年の時代劇俳優生活によって、舞台に上がれば、自分が手にしている物が、例え刀身が木で出来た竹光であろうと、100均で売っているようなプラスチック製の玩具の刀であろうと、はたまた新聞紙を丸めた物であろうと、『自分が手にしているものはアホみたいによく斬れる刀』という認識がもはや意識するまでもなく、自動で発動するレベルに達していた!!
それは、時代劇俳優であれば大抵の者が持っている安全意識であり、最も基本的な時代劇俳優の心得なのだが、その安全意識こそが、ヘタレで、ビビりで、下品でスケベ、そのクセめちゃくちゃ格好つけたがりマンという小物感丸出しで、およそ純粋さには程遠いはずの武光が、イットー・リョーダンを手にした時に、アホみたいな斬れ味を発揮出来る理由でもあった。
……そして、武光には及ばないながらも、フリード達はイットー・リョーダンの斬れ味を十分に発揮出来ている。
実は武光が天照武刃団を旅芸人の一座に化けさせたのは、ただ単に正体を偽装する為だけではなかった。
正体を隠すだけであれば、別に旅芸人の一座でなくとも、商人でも、職人でも何でも良かった。しかしながら武光は、いざと言う時、影魔獣に対し絶大な攻撃力を発揮出来るイットー・リョーダンを自分以外にも扱えるように、イットー・リョーダンの特性を隠したまま、フリード達を時代劇俳優として仕込み、安全意識を徹底的に叩き込んであったのだ。
ちなみに『イットー・リョーダンの特性を隠したまま』というのは、安全意識が無意識に発動出来るようになる前に特性を知ってしまうと、『こういう仕組みだから、よく斬れると念じなければならない』などと余計な事を考えてしまい、思いの純度がガタ落ちしてしまうからで、武光がこの特性をフリード達に伝えたのは、フリード達が『時代劇俳優の心得をしっかりと会得した』と判断したつい最近の事である。
その判断が間違っていなかった事を知って、不謹慎ながら、武光の頬は緩んだ。
「……よっしゃ、取れた!!」
〔行きましょう、ご主人様!!〕
「応ッッッ!!」
両足の動きを封じていた肉片を取り除く事に成功した武光は、血振りをして魔穿鉄剣の刀身に付着した肉片を振り払うと、一気に階段を駆け下りた!!
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