隊員達、察する


 65-①


 夜が明けた。


 武光達は、里の人々に自分達の正体を明かし、昨晩起きた事を伝えた。


「……すみません、この里の皆さんを騙すような真似をして……それに、暗黒教団の聖女にあの男の人をむざむざと殺させてしまいました。本当に……すみませんでした……っ!!」


 武光は里の人々に向かって深々と頭を下げる。それに続いて隊員一同も頭を下げた。人々はざわめいたが、しばらくして一人の男が武光に声をかけた。


「顔を上げてくれよ団長さん。アイツが死んじまったのは残念だけど……団長さん達が悪いわけじゃねぇ……悪いのはその暗黒教団とかいう連中さ。あんた達は道を踏み外したアイツを止めようとしてくれたんだろ」


 男の言葉に、『そうだそうだ』と賛同の声が上がる。武光達の告白に、里の人々は最初こそ戸惑ったものの、最終的には武光達の謝罪を受け入れてくれたようだ。


「み、皆さん……ありがとうございます……っ!!」


 再び頭を深々と頭を下げた武光達のもとへ、里長さとおさがやってきた。


「団長さん、この里の人間が国中の人に迷惑をかけてしもうた……罪滅ぼしじゃ、ネヴェスの里は総出であんた達を支援させてもらう!!」


 65-②


 それから一週間が経過した。武光達はネヴェスの里を拠点として、調査と鍛錬に励んでいた。

 今日も、ナジミが見守る中、フリードとミナハの二人が武光を相手に武術の鍛錬をしている。


「行くぜ、アニキ!!」

「隊長殿、参ります!!」

「よっしゃ、ばっちこーい!!」


 フリードは素手、ミナハは斧薙刀に見立てた木の棒を構えた。


「うおおおおっ!!」

「はああああっ!!」


 フリードとミナハは雄叫びをあげて武光に突進した。


「よっ、ほっ、はっ!!」


 フリードとミナハが繰り出す連続攻撃を、武光は軽々と躱す。


「くそっ、全然当たらねぇ……うおっ!?」

「うわっ!?」


 フリードは武光が繰り出した上段蹴りを横に跳んで躱そうとしたが、隣にいたミナハに勢いよくぶつかり、両者は派手にすっ転んだ。


「痛ててて……くっそー、何で当たんねーんだよ!?」


 悔しがるフリードに、武光が、腕組みをしながらドヤ顔で答える。


「フフン……目ぇ見たら分かるんや!!」

「目……?」

「そうや、目や。ええかフリード、俺の右手に注目しろ、絶対に視線を外すなよ?」

「う、うん……分かったよ、アニキ」


 武光はフリード達から3m程離れた位置に立つと、仮◯ライダーカ◯トよろしく、右手の人差し指を立て、右腕をゆっくりと天に向けて伸ばした。その間も、フリードは武光の右手を凝視し続けている。


「よっしゃ……フリード、俺の右手、指は何本立ってる?」

「え? そんなの簡単じゃん、一本だよ」


 武光の問いにフリードは易々と答えた。


「正解や、じゃあ……左手の指は?」

「えっ? そ、それは……」

「おっと、右手から視線は外すなよ?」

「えっ? わ、分からない!?」


 武光とフリードの立ち位置は全く変わっていない。にもかかわらず、フリードは武光の問いに答える事が出来なかった。


「フッ……人間ってのはな……一点に意識を集中し過ぎると視野が急激に狭まるんや」


 達人ぶってドヤ顔で語る武光だが、まぁ『歩きスマホは危ないぜ!!』程度の内容である。


「お前は、戦いの時に相手を凝視し過ぎる癖があるねん。だから周りが見えてへんし、お前の視線を見れば、狙ってる場所も丸分かりや」

「そ、そうだったのか……」

「ええか? 目の前の敵だけを注視するんやなくて、遠くの風景を眺めるつもりで視界を広く持つんや、そんで、その風景の中心に常に相手を置いとく感じや。フリード……もっぺん聞く!! 左手の指は何本立っとる?」

「…………見えた!! 親指が一本!!」

「よっしゃ、正解や!!」


 武光は、そのまま左手をフリードに向けた。


「おーし、じゃあ二人共、午前の訓練はここまでにしよか」

「分かったよアニキ」

「ありがとうこざいました、隊長殿」

「よし、メシ食いに行こう、メシ!!」


 武光がフリード達を昼食に連れて行こうとしたその時、ナジミが手を上げた。


「あ、武光様とフリード君は先に行っておいてくれませんか? 私はミナハちゃんに話があるので」

「おう、分かった。行くでフリード」

「うん!!」


 武光とフリードの姿が見えなくなったのを確認したナジミは改めてミナハと向かい合った。


「さてと……」

「あの……副隊長殿? 話とは一体何でしょうか?」

「んー、ミナハちゃん……もしかして、何か悩んでいる事があるんじゃない?」

「えっ!? どうしてです?」

「ふっふーん、目ぇ見たら……分かるんやー!!」


 ミナハは思わずき出した。


「プッ……副隊長殿、今の……隊長殿の真似ですか?」

「せやでー、似てるやろー?」

「ププっ……ぜ、全然似てませんよ」

「えー!? そうかなぁ、お調子者感が足りないのかしら? ま、それはともかく……ミナハちゃん、何か悩み事があるんじゃないかなって」

「……何故です?」

「ミナハちゃんの目が憂いを帯びているように見えたから……私の思い過ごしだったら良いんだけど……」

「副隊長殿……実は……」


 ポツリポツリとミナハは語り始めた。


「あの晩……工房の入り口を固めていた私達は、シルエッタの影魔獣の襲撃を受け、交戦しました……あの時、キクチナは雷術で影魔獣の動きを見事に止め、クレナもキクチナが動きを止めた影槍獣を穿影槍で次々と倒しました。それなのに私は……影魔獣に何の有効打を与える事も出来ず……本来なら武門の家の娘として、私があの二人を守らなければならないのに、守られてばかりで……足を引っ張って……」


 ミナハは俯いた。きつく握り締められた拳が小刻みに震えている。


「……そっか、分かるなあ、その気持ち。私もね……三年前魔王討伐の旅をしていた時は、守られてばっかりだったから」

「副隊長殿……」

「ミト姫様みたいに剣が上手だったら……リョエンさんみたいに凄い術が使えたら……武光様の力になれるのにって……悔しくて、歯痒くて、自分の無力を恨んだ事もあったわ」

「副隊長殿、私はどうすれば……!!」

「うーん、そうねぇ……………………あ、そうだ!!」


 ナジミはポンと手を打った。


「どうしたのです、副隊長殿?」

「アレどうかな? あの武光様そっくりの影魔獣が使ってた黒い剣……武光様との戦いで切断された刀身が何本も地面に刺さってたじゃない? アレなら影魔獣を倒す事が出来るんじゃないかしら?」

「な、なるほど!!」


 ミナハは天驚魔刃団が乱入してきた時の事を思い出した。確かにあの時、影光はあの漆黒の剣でいとも容易たやすく影魔獣を斬り伏せていた。あの剣の刀身があれば……自分も戦える!!


「よし、じゃあミナハちゃん、今から行きましょうか!!」

「ハイ!!」


 二人は、喜び勇んで武光と影光が決闘した工房に向かったが……影醒刃の刀身は、影も形もなかった。


「そ、そんな……」


 ガックリとうなだれるミナハとナジミだったが……


「あ、いた!! ミーナーーーーー!!」

「み、ミナハさーーーん!!」


 ミナハのもとに、クレナとキクチナが走って来た。ミナハは目尻に浮かべた涙を慌ててぬぐった。


「お前達、どうしたんだ?」

「えへへ……実はミーナに渡したい物があって……ね、キクちゃん?」

「は、ハイ!!」


 ミナハはクレナが肩に掛けている紐付きの細長い箱に気付いた。穿影槍の運搬用の箱かと思ったが、いつものと少し形が違うみたいだ。


「ハイ、これ!!」

「き、気に入ってもらえたら嬉しいんですけど……」


 クレナとキクチナはミナハに箱を差し出した。


「ね、開けてみて?」

「こ……これは!?」


 箱の中には、柄の短い斧薙刀と手槍てやりが一本ずつ入っていた。


 斧薙刀の方は、刀身の長さがおよそ一尺三寸(=39.39cm)で、の長さがおよそ二尺(=60.6cm)である。

 手槍の方は穂の長さがおよそ八寸(=24.24cm)、柄の長さがおよそ一尺五寸(=45.45cm)であった。


 そして、斧薙刀と手槍に共通する特徴が……どちらも刀身が真っ黒だという事だ。


「二人共、これは一体……!?」

「えへへ……これから戦いが激しくなるって隊長も言ってたし、隊長のそっくりさんが使ってた剣を使えば強い武器が作れるんじゃないかと思って……折れた刀身をこっそり回収して里の鍛冶屋さんに持って行ったんだよ!!」


 そう言って、クレナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「実は、この武器にはもの凄い秘密があるんだよ!!」

「もの凄い秘密……?」

「うん、見ててねミーナ。はい、キクちゃん」


 クレナは斧薙刀を手に取り、手槍をキクチナに手渡した。


「キクちゃん、準備はいい!? 恥ずかしがっちゃダメだからね!?」

「は、ハイ……」

「行くよ!! 友情ッッッ!!」

「が、合体……!!」


“ガシィィィン!!”


 二人は斧薙刀と手槍のを連結させ、一本の柄の長い斧薙刀にした。


「が……合体した!?」

「フフン、凄いでしょ!?」

「武光隊長の案なんですよ? 『分離させれば狭い場所でも戦える』って。他にも『ミナハさんが扱いやすいように』って、長さとか重心の位置とか色々と助言してくれて……」

「隊長殿が……」

「ミーナにはいつも守ってもらってるからね。ま、感謝の気持ちって奴ですよ!!」

「いつもありがとうございます、ミナハさん!!」

「ありがとう……皆!!」


 元気な笑顔を見せるクレナと、静かに微笑むキクチナに、ミナハも凛とした笑顔を返した。


「なぁ……それはそうとキクチナ、連結させる時に二人がかりでやる必要はあったのか? あと叫ぶ意味は?」

「え、えーと……べ、別に意味とか必要とかは無いと思います……は、恥ずかしい……」

「恥ずかしくないよ!? 超カッコイイよ!? 隊長もカッコイイって言ってたもん!!」

「ちょっといいかな?」


 笑い合う三人娘に、ナジミが声をかけた。


「何ですか副隊長?」


「……私の分は?」


「えっ!? それは、その……」

「あ、ありません……」

「……武光様は、私の分の武器も作れって言ってくれなかったんですか?」

「いや、私達は副隊長の分も作りましょうって言ったんですよ!?」

「で、でも……武光隊長が、『あんなおっちょこちょいのドジ貧乳に武器なんか持たせたら危なっかしくてしゃーないから作らんでええよ』って……」

「ふーん……そう……おっちょこちょいのドジ貧乳ですか……」


 三人娘はナジミの発した威圧感にたじろいだ。


「あの、副隊長……!?」

「もしかして……その」

「と、とっても怒ってます……?」

「ウフフ……全ッッッ然、怒ってなんかいないわよ?」

「ぜ、絶対嘘だ……!!」

「あら、どうして?」


 三人は答えた。


「「「め……目を見れば分かりますっっっ!!」」」


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