斬られ役(影)、潜入する


 52-①


 岩陰に身を潜めつつ、影光はウルエ・シドウ大洞穴の入り口の様子を窺っていた。

 入り口までの距離はおよそ5m、二体の槍影兵が入り口前を警戒している。


「よーし……」


 足下に落ちていた石を拾い、槍影兵達から見て左手側の茂みに投げ込んだ。


“ガサリ”


 物音に反応して、槍影兵が茂みの方を向いた瞬間、影光は岩陰を飛び出した。走りながら影醒刃シャドーセーバーの柄を取り出し、漆黒の刀身を現出させる。


「お…………ッッッ!!」


 一体目の槍影兵を袈裟懸けに斬り伏せ、返す刀でもう一体を逆袈裟に斬り倒す。核を破壊された二体の槍影兵は、地面に倒れ伏した後、消滅した。

 槍影兵を倒した影光は額を拭った。


「あっぶねー、いつものクセで斬りかかる前に声出しちまう所だったぜ。大声出したら見つかっちまう」


 『いつもの癖』というのは、武光の時代劇俳優の記憶により生じたものなのだが、時代劇の殺陣たてでは、『斬りかかる時は、斬りかかる前に声を出す』という基本的なルールがあるのだ。


 殺陣というのは基本的にお芝居なので、次に誰がどう掛かってくるのかという順番があらかじめ決まっている。しかしながら、本番中にそれをド忘れしてしまうという事がままある。


 ……もう一度言う、ド忘れしてしまうという事がままある。


 ……念のため、もう一度だけ言う!! めちゃくちゃ!! 練習しても!! ド忘れする事が!! ままある!! マジで!!


 想像して頂きたい。貴方は時代劇の主役で、舞台上で殺陣の真っ最中である。


 貴方の前にAとBという二人の斬られ役がいて、剣を構えている。


 次にAとBのどちらかが掛かってくるのだが、どちらが掛かってくるのか、ド忘れして思い出せない。


 テレビや映画などの映像作品やリハーサル中ならばやり直しはきく。だが、舞台……それも本番中だと、流石さすがに敵に『次、どっちが掛かってくるんだっけ!?』と聞くわけにはいかないし、斬られ役も『次、僕の方から斬りかかっていきますんで、お腹斬って下さい』などと言えるわけがない。


 そこで、掛け声である。剣道では、竹刀が相手に当たった瞬間に掛け声を出さないと『一本』をもらえないが、時代劇でそれをやると、主役が反応しきれずに、『斬られ役が主役を斬ってしまう』という、コントのような事態になりかねない。


 なので、『斬りかかる前に』声を出すのだ。


 時代劇で斬られ役が声を張り上げるのは、迫力を生み出すと同時に、『これからかかっていきますよ』という合図であり、安全対策なのである。テレビの時代劇などで、主人公が後ろを見ずに、刺客の背後からの攻撃を躱せるのも基本的にはこれのお陰である。


注:演出上、無言で斬りかかる場合もあります。



 ……と、そんな解説をしている間にも影光は、エイノダが生み出し、洞穴内の各所に配置した百体の影魔獣を密かに次々と始末しながら洞穴内を進み続け、開けた場所に出た。奥の方に平屋建ての家くらいの大きさの黒い建物も見える……影光はニヤリと笑った。


「ここが最奥部か……こんちわー、佐◯急便ですー!! エイノダさんのみ首級しるしを受け取りに参りましたー!!」


 建物内に突入した影光だったが、建物内に入った瞬間に扉が閉じられ、影光は閉じ込められてしまった。

 建物の外の岩陰に潜んでいたエイノダは岩陰から姿を現し、高らかに笑った。


「ハァーッハッハハハハハ!! 愚かなり、影魔獣・影光!! 貴様が突入したのは建築物型影魔獣の口だ!! そのままジワジワと──」


「……くだらん!!」


 建築物型影魔獣は 消滅した。


 建築物型影魔獣が消えた後、そこには、影醒刃の切っ先を天に向けて立つ影光の姿があった。影醒刃の切っ先には、建築物型影魔獣の核が突き刺さっている。


「なっ……馬鹿な……!?」

「影魔獣であるこの俺が、同じ影魔獣の気配に気付かないとでも思ったか?」

「がはっ!?」


 影光は、影醒刃をエイノダの方に勢い良く向けた。切っ先からスッポ抜けた影魔獣の核がエイノダの顔面を直撃して砕け散った。

 鼻血をボタボタと垂れ流しながら、エイノダは影光を睨みつけた。


「き、貴様……影魔獣の分際で……!!」

「さて……お前には聞きたい事がある。吸命剣・妖月はどこだ?」

「そ、そんな物……ここには無い!!」

「ほう? なら、どこにある? 言え、言わなきゃ殺す!!」


 生粋の悪役の記憶を持つ影光である、その声は……めちゃくちゃドスが効いていた。


「ま、待て!! 言う!!」

「よし……言え!!」

「きゅ、吸命剣は──」

「フンッッッ!!」


  “ドスっ!!”


 影光は影醒刃をくるりと逆手に持ち替えると、後ろを見る事なく背後から襲いかかろうとしていた剣影兵を刺し貫いた。


「……俺の国には、『仏の顔も三度まで』という言葉がある」


 影光は影醒刃を引き抜いた。核を貫かれた剣影兵は、倒れ伏し、消滅した。


「どんなに温和で慈悲深い奴でも、何度も下らん真似をされればブチ切れる、という意味だ……!!」


 相手を見据えながら、ゆっくりと影醒刃を振り上げる。


「一つ!! お前達は俺の仲間の大事な物を奪った……二つ!! お前は俺を騙し討ちしようとした……」

「ひっ……ひぃぃぃっ!?」


 すっかり腰が抜けてしまったエイノダは、その場にへたり込んでしまった。


「そして三つ!! 俺は今……最愛の女性ひとに拒まれてムシャクシャしているッッッ!!」


 三つ目は関係ないだろうなどとツッコむ余裕はエイノダには無かった。助かりたい一心でエイノダは妖月のを吐いた。


「ま、待て!! ネヴェスだ!! 吸命剣・妖月はネヴェスの里にある!!」

「ほう……そうか。じゃあな」

「そんな、待──」



 影光はエイノダの首をねた。

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