少女(青)、加わる


 27-①


 宿屋を飛び出したミナハは、街の中を歩き回っていた。

 特に行くあてがあるわけでもないのだが、苛立ちを紛らわせる為にひたすらに足を動かし続けた。

 随分と長い時間歩き続けて、流石に疲れたミナハは近くにあったさびれた公園のベンチに腰掛け、空を見上げた。

 流れ行く雲を見ながら、ミナハは溜め息を吐いた。


「はぁ……何をしているんだろうな、私は」


 あの人は、姫様の御友人で……姫様や私達を助けてくれたのに。酷い事を言ってしまったな……


 そこまで考えて、ミナハはかぶりを振った。


「いやいや、武人たる者……いついかなる時も矜持きょうじを持ち、常に正々堂々とあらねばならぬ!! 卑怯な真似など言語道断!! いや、それでも……うーむ……」

「よぉ、お嬢ちゃん……シケた面して……俺が相談に乗ってやろうか?」


 頭を抱えて悩むミナハに誰かが声を掛けた。顔を上げると、見るからにガラの悪そうな男がいた。

 痩せっぽちで顔色も悪く、『小汚い』という表現がぴったりの小男だ。

 ミナハは眉をひそめると『結構だ』と吐き捨てて、その場を立ち去ろうとしたが、後ろから手首を掴まれてしまった。


「待てコラ!!」

「くっ、無礼者!!」

「ぐえっ!?」


 少女とはいえ、武門の家の女性である。ミナハは幼少の頃より仕込まれた護身術で素早く掴まれた手を振り解き、体勢を崩した相手の足を引っ掛け転倒させた。


「フン、女だと思って甘く見ない事だ。私は……武門の誉れ高きブルシャーク家の娘だ!!」

「……その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ、弱小貴族のお嬢ちゃん!!」

「なっ!?」


 ミナハは突然後ろから羽交い締めされた。スキンヘッドの大男だ。ミナハは何とか逃れようとしたが、筋力の差があり過ぎた。


「くっ、仲間か!?」

「へへへ……油断大敵だぜ!!」


 先程ミナハに転倒させられた小男が立ち上がり、ミナハの鳩尾みぞおちに拳を叩き込んだ。


「ぐうっ!?」


 ミナハは鈍い痛みに耐えながら、下品なニヤケ面を浮かべている小男をにらみつけた。


「ひ……卑怯な!! お前達も男なら、正々堂々と勝負しろ!!」

「あぁん!? おい、聞いたか相棒『正々堂々と勝負しろ!!』だってよ!!」

「ああ、聞いたぜ。こいつは傑作だ!!」


 嘲笑され、ミナハは悔しげに小男をにらみつけたが、小男は意にも介さない。相変わらずニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。


「さてと……そろそろお楽しみと行こうかぁ!! なぁオイ!?」


 小男がズボンのポケットから、折りたたみ式のナイフを取り出したその時だった。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」


 武光が あらわれた!


「あぁ!?」

「何だテメェは!?」


 男達にジロリと睨みつけられた武光は、一瞬怯んだ様子を見せた後、卑屈な笑みを浮かべた。


「や、やだなぁ旦那。そんな目で見ないでくださいよー、実は……あっしもそのガキに恨みがありましてねぇ……ヒヒヒ」


 さっきの事か!! ミナハは唇を噛んだ。


「これから、このガキを痛めつけるんでしょう? あっしも一つお仲間に入れてくださいよ」


 男達は顔を見合わせた後、ニヤリと笑った。


「面白え……良いぜ、やってやんな」

「この澄ましたつらに一発かましてやれ!!」

「へへへ……ありがとうございます!!」


 武光はコソコソと羽交い締めにされているミナハの前までやってきた。

 ミナハは指をボキボキと鳴らしている武光を睨みつけた。


「……さっきはよくも好き勝手言ってくれたなぁ。その面にキツイのを食らわせてやるぜ……動くんじゃねぇぞ!!」

「こ……この下衆ゲスが!!」

「……オラァッ!!」

「くっ!?」


 武光が拳を振り上げたのを見て、ミナハは目をキツくつむった。


“バキィッ!!”


「え……?」


 武光の渾身の右ストレートが……大男の顔面に炸裂した。


「今や!! 逃げろ!!」


 武光は不意打ちに怯んだ大男からミナハを引き剥がした。

 すかさず男の後ろに回り込み、膝裏!! 後頭部!! と連続して蹴りを叩き込む。

 膝裏への攻撃で地に膝を着いた瞬間に後頭部への蹴りを食らった大男は、うつ伏せに倒れ込んだ。

 不意打ちを食らわされた相棒を前に、小男が叫ぶ。


「て、テメェ……騙したな!!」


 怒りの表情でナイフを構えた小男に対し、武光は足下で立ち上がろうとしている大男の背中を踏み付け、再び地面に這いつくばらせると、首を大きく回して、歌舞伎俳優の如く見得みえを切った。


「ふふん……拙者、天下御免の悪役なれば!! ……なんつって!!」

「ふ、ふざけやがって……!!」

「ケッ、真面目にやってたら……お前ら今頃あの世行きやアホ!! 死にたくなかったら、俺が真面目にやり始める前にコイツを連れてとっとと失せた方がええぞ?」


 武光は、腰のイットー・リョーダンを鞘からスラリと抜くと、ここぞとばかりに一度言ってみたかった台詞を吐いた。


「ククク……今宵のイットー・リョーダンは血に飢えておるわ!!」


 ……いや、今は真っ昼間なのだが、新選組局長、近藤勇こんどういさみになりきっている武光には些細ささいな問題である。


〔血ヲ……我ニ……人ノ血ヲ吸ワセヨォォォォォオオオ!! キェェェェェイ!!〕


 そして、主同様、新選組局長の愛刀、《虎徹こてつ》になりきっているイットーも叫びをあげた。まぁ、本物の虎徹に意思があったとして、こんな感じなのかどうかは不明だが……それにしてもこの超聖剣、ノリノリである。


「畜生……覚えてやがれ!!」

「覚えてろクソ野郎!!」


 刀相手にナイフ一本では流石に分が悪い、男達は逃げ出した。


「よし、行ったな……」


 男達が去ったのを確認すると、武光はミナハを公園のベンチに座らせた。


「大丈夫か? 怪我無いか?」

「……はい」

「隣、座ってもええかな?」


 ミナハは無言で小さく頷いた。

 それから二人はしばらくの間、黙って座っていたのだが、ミナハが意を決したように言った。


「あの……その……助けて頂き、ありがとうございました」

「……おう」

「……助けて頂いた事には感謝します。しかし、やはり私は……貴殿に従う事は出来ない。騙し討ちなど……武人のする事ではない」

「参ったな……ははは」


「ははは……じゃありませんっ!!」


「のわあっ!?」


  ベンチの後ろの茂みからナジミ達が現れ、驚いた武光はベンチからズリ落ちかけた。


「ふ、副隊長殿!? それに、クレナにキクチナ、フリードも……」

「お、お前らいつの間に!?」

「アニキがアイツらを止めに入ったあたりからだよ」

「私達は『すぐに助けに入ろう!!』って言ったんだけど……」

「ふ、ナジミ副隊長が『隊長には何か考えがあるみたいだから隠れて様子をうかがおう』って……」

「そ、そうなんか……」

「そんな事より、武光様、ちょっとどいてください!!」

「おわっ!?」


 ナジミは武光を強引に押しのけ、ミナハの隣に座ると、ミナハの両手をヒシと握った。


「ミナハちゃん!!」

「は、ハイ!!」

「ミナハちゃんは誤解をしています。確かに、武光様は相手を騙し討ちしましたけど、それは……相手を油断させて、ミナハちゃんを助け出す為です」

「……」

「残念な事ですが……どんなに正しくあろうとしても、正攻法や綺麗事だけではどうにもならない事態が押し寄せて来るのが現実です」


 ナジミに指摘された事を、つい先程身を以て知らしめられたミナハはうつむいた。


「ミナハちゃんは誤解しているようだけど、武光様は大切な人を守る為なら、他人から後ろ指差されるような事でも迷わずやっちゃう人なんです!!」


 ミナハの目を見てナジミは続ける


「『常に正々堂々』……それはとても立派で尊い事です。だけど、『自分の名誉や誇りをかなぐり捨ててでも、誰かを守る』という事も同じくらい立派で尊い事だと私は思います」

「副隊長殿……」

「それに、武光様が本当にミナハちゃんが考えているような卑劣漢なら、あの姫様が恋心を抱かれると思いますか!? 顔が特別良いわけでもなし、紳士的のしの字も無いし、お調子者だし、だらしないし、セコい事もしょっちゅうするし、それでも武光様は……只の卑怯者なんかじゃありません、武光様はこう見えて…………スゴい卑怯者なんですッッッ!!」

「お前しばくぞ!!」


 武光にツッコまれて、ナジミは慌てた。


「あっ……ち、違うのよミナハちゃん!? 凄いっていうのはそういう事じゃなくて、あのね、えーっと、えーっと……武光様は時には卑怯な事もするんだけど、優しくて、凄くて、私はそんな武光様が大好きなんですっっっ!! って、違ーう!! そうじゃなくて!! いや、武光様が好きなのはそうじゃなくないんですけど、つまりその……!!」


 テンパりまくるナジミを見てミナハは苦笑した。


「大丈夫です副隊長殿。言いたい事は伝わりましたから」

「ゴメンなあ、情け無い話なんやけど……俺、そんなに強くもなけりゃ賢くもないから、君らを守り抜くには……みっともなくても、かっこ悪くても、反則技に頼らざるを得ない事もあるねん……だから、ちょっとだけ大目に見てくれへんかな? ミトに君らの事頼まれたし」


 心底申し訳無さそうな武光を見てミナハはハッとした。


「武光殿、貴殿がかたくなに姫様の騎士になる事を拒んでいたのはまさか……」

「いや、まぁ……そんな大した理由とちゃうんやけど、『ミト姫様の騎士がセコイ真似しまくってる!?』って噂になったらミトの評判が落ちるやん? いや、まぁそれだけの話なんやけどな?」

「……武光殿」

 

 ミナハは意を決したように頭を深々と下げた。


「……すみませんでした!! 数々の無礼、お許しください!!」

「ミナハ……」

「正直に言います……私は……嫉妬していたのです。姫様の信頼篤い貴方を見て……!! どんな手を使ってでも姫様を守ろうとしてくれていたのを目の前で見ていたというのに……!!」

「かまへんかまへん、気にすんなそんな事。ヨゴレの仕事は俺らみたいな悪役に任しとけ!!」

「えぇっ!? ちょっ、『俺ら』って……アニキ、俺もなの!?」

「当然だ我が弟よ!!」


 少年のように笑っている武光に、ミナハは再び頭を下げた。


「あの、その改めて……私を……天照武刃団に加えて頂けないでしょうか」

「ああ、もちろんや!!」

「ありがとうございます唐観殿…………いえ、隊長殿!!」

「おう!! これからよろしくな、ミナハ!!」

「ハイ!!」



 ミナハが 仲間に加わった!



 27-②


 ……そして、武光がミナハを改めて仲間に迎え入れていたのと同時刻、荒野にて《魔狼族》の戦士を仲間に加えようとしている男がいた。


「貴様、一体何者だ……!?」

「俺か? 俺の名は《影光かげみつ》!! 天下をる男だッッッ!!」



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