神様に嫌われて異世界転生

しえり

第〇話 門出

「何が神様だ。祈るな、そんなもんに」


 東城九郎とうじょうくろうは口癖のようにそう言った。決まった宗教を持つわけでもないが、自分でもましてや他人でもなく、目に見えない不確かな存在に頼るなということが本意であるらしく、友人に常々それを言う。


「三十になったこの記念すべき日に、神様だと? やめろ、気分が悪くなる。仏ならどうだって? それも駄目だ。理由はきくな」


 近しいものが催してくれた昇進祝いである。来月、大尉に昇進する。

 無愛想な男だがそれなりに友人はいて、その場にいた十数人の半分ほどが、またいつものアレが出た、と肩をすくめた。

 誰かがからかい半分で、産んでくれた母親と、ついでに神にも感謝をしておけと言ったのが発端である。


「いいか。神を信じるということは、夢を信じることと同義だ。いや、夢はまだ追う価値がある。だが夢などという努力次第の儚さより、なおおぼろな存在をありがたがってどうする」


 反論は全てうるさいと断じる。酒の勢いもあるだろうが、こんなことを素面でも言ったりするので、仲間内では変わり者で通っていたし、煙たがられてもいる。そのくせそれ以外のことは素直で正直な男だったので、唯一の欠点として面白がられていた。


「これ以上ありもしないものを論じるつもりなら刀でもって相手になるぞ。まさかお前ら、この居酒屋を貸し切っての飲み食いや各々が職を持ったこと、それに家庭を持ったことすらも、神のおかげとするのではあるまいな」


 明治は十年になっているが、まだ人々の記憶には近藤、坂本らの名が残り続けている。

 東城は会津藩、つまりは賊軍として転戦し、過酷を味わい、終に神仏を信じなくなった。その経緯を昔馴染みたちは知っているので、発作のようなものだと笑うのだ。

 東城の発作を笑える時代になっている。それを笑うのはこの古い友人たちだけであり、それを理解していない東城でもない。俺のこれが場を盛り上げるための芸であれば、それはそれで構わないと、割り切っている。

 しかし、本心でもある。


「何が神だ。ならばなぜ京に現れなかった。鳥羽伏見で力を行使しなかった。会津で俺は心から祈ったぞ。しかし、無駄だった」


 初めから神を否定していたわけではなかったようで、本来ならば生き残れたことを感謝しても良さそうだが、この男は違った。


「いっぺんでも、姿を拝ませてくれ。そうすりゃあ、足でも尻でも舐めてやらあ。あんたの御髪を、うなじを、背中を晒してみろ。目を血走らせて虜になってやらあ」


 たらふく飲んだ。たらふく語った。政治や仕事上の人事には興味がなく、また神は貶すくせに他人の悪口は言わない男だった。真面目で、たまに馬鹿になる。それが東城である。


 一升瓶を何本かあけた。小料理屋の主人は慣れたもので、にこやかでいる。

 日付が変わるころまで、東城は大いに飲んだ。友人たちの制止も無視して、快飲した。

 昇進ではなく、この古い友人たちの気持ちが嬉しかった。


「死にぞこなったが、まあ、こんなものだ」


 礼を言うのも気恥ずかしくなって、顔を赤くして呟いた。これが彼の、周囲に対する最大限の感謝だった。

 友人たちはみな帰して、ひとりで朝まで飲んだ。家は近い。春先のひんやりした空気を味わい、朝もやの中をふらふら歩いて帰宅して、玄関の前で気絶するように寝てしまった。

 

 そして、そのまま死んだ。


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