第百十六話 隠蔽術

(藤枝か。妙な男だった)


 チェイン教会の帰り道に、東城は小さく笑った。妙な男ではあるが悪人ではなく、強そうにも見えないが修羅場をくぐった雰囲気も感じる。身体能力が高いことはわかっているし、魔法の類だろうと思う。


 時間と時空を超えて集う豪傑が、その脇を固めているらしい。どれほどのものだろうと想像するが、鉄砲を持ち出されると困る。遠い時代の人間ならば、それを持っていても不思議ではない。


(時代遅れのままだな)


 卑下するでもなく剣を撫でる。そうやってニコニコしながら剣に触れて歩いていると、夜半だけあって誰かに呼び止められた。


「何だお前。怪しいな」

「え? 俺がか?」


 相手の男が首にかけているのはチェインの印だろう、それだけで笑顔が消えた。


「たった二人で俺を呼び止めてなんとする」


 最初から喧嘩腰である。いい気分が台無しになったという逆恨みである。


「怪しいっつってんだよ。日が落ちてからヘラヘラして歩いてる奴は怪しいだろ」

「気分が良かっただけだ。俺に構うな」

「そうはいかねえ。夜中に出歩いてるやつを調べろって言われてんだ」


 東城が彼の腕を掴んだ。あまりの素早さに、男はつかまれてからもしばらくそうと認識できていない。


「誰からだ」

「な、何だよ、離せって」

「——すまん」


 考えがあるらしく大人しくなった東城は、彼らを酒に誘った。


「宿があるからそこで飲もう」

「は? 胡散臭い奴とどうして」

「いいから。チェインの信徒の話を聞きたいのだ」


 素晴らしいと噂を聞くから、信者の口からも話を聞きたいのだ。と渾身の力で筋肉を動かし喉を震わせた。笑顔がぎこちないが、暗がりのことであるから疑われなかった。


「……まあ、一杯だけなら。案内しろ」


 三人で連れ立って宿の前まで行くと、東城は彼らを待たせ、先に中に入った。ロビーにいるジェネットたちを部屋に下がらせ、再び男たちの元に戻った。


「や、またせたな」

「ここって」

「おう。レントさんの宿だ」

「誰かは知らんが立ち話もなんだ、入ってくれ」

「いや、やっぱり遠慮するよ」

「何をいうか。ここまで来たんだ、上がってくれ」


 強引に腕を引き、椅子に座らせた。店主は彼らを見た瞬間に目を丸くした。


「——だ、旦那、そいつらは」

「そこで声をかけられてな。チェインの信徒の話を聞きたいから、少し酒でもと思ったのだ。適当に見繕って持って来てくれ」

「あ、お構いなく」

「俺もそんなに飲みたい気分じゃねえんで」


 借りて来た猫のように塩らしくなる男たちを見て、東城は根掘り葉掘り聞いてやろうと思った。


「それで、俺を怪しいと言ったが、誰の指示だったんだ?」

「あ、いやあ、そんなこと言ったかな」

「言ったとも。教会は美しかったし、風の心地よい晩だ、散歩を邪魔されたら俺だって怒りたくもなる。それを怪しいなどと」

「悪かった。な? 謝るからもういいじゃねえか」

「秘密にしろと言われているのか?」


 男たちの表情を察するに、後ろでは店主が睨みをきかせているのだろう。かわいそうに思いつつも、情報を絞り取ることに躊躇はない。


「レントさん、だったか」

「……なんか具合が悪くなってきたからさ、帰るよ」

「俺も」

「そういえば店主、お主もレントと名乗ったな。顔役かなにかなのか?」


 名乗られてなどいない。さりげなく嘘を混ぜると、彼は「この顔ですから、カタギがびっくりするので表には出ませんが」と認めた。


「なるほど。上役の店では気まずくて酒も飲めんな。アッハッハ」

「そ、そういうわけで今日のところは」

「失礼しますんで。あのレントさん、すんません、まさかこいつが」

「俺がなんだ?」

「あ、いや。……帰る」


 彼らはついに酒には手も触れずに帰ってしまった。レントはそれをすぐに片付け、東城の対面に座った。


「申し訳ない。ご不快だったでしょう」

「かまわんさ。レント殿が教会を教えてくれなければあのようないい心地にはならなかった。だから、そちらこそ気に病むことはない」

「そういっていただけると安らぎます。藤枝さんにはお会いしましたか? あの人がいらっしゃってからというもの、やれ手合わせをだ、やれ刺客だで街が騒がしくなりましてね」

「藤枝か。あれはいい男だったよ。顔ではなく、心根が爽やかだ」


 東城のそれは本心ではある。その裏側にはどす黒い殺気があるのだが、巧妙に隠し、誰にも打ち明けない。チェインですらも見抜けないような心理の隠蔽術が口と表情の筋肉を支えている。

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