第百十五話 同郷

「あんた、名前は? 傭兵ってきいたけどそうは見えないんだけど。剣は立派だけど、顔は優しすぎるし」


 少年は東城を笑わせた。声を上げてのそれに、少しムッとしている。


「おかしなことを言ったかな」

「すまん。しかし、そんなことを言われたことはないから驚いたんだ」

「じゃあびっくりすればいい。何で笑うんだうよ」


 人を見る目を養えよと忠告するようなことはしない。


「俺は傭兵らしくないか」

「ああ。旅人って感じ」

「お前は随分と戦士らしいな」

「……マジ? いつもはそれと真逆のことを言われるんだけど」


 少年の顔立ちは甘く、東城から見ても女が切れることはないだろうというような美少年である。


「へへ、やっぱわかる人にはわかるんだよな。そういや名乗ってなかった」


 ここで会ったのも何かの縁だから、と手を差し伸べた。


藤枝ふじえだけいだ。よろしくな」

にしゃお前日本人か」

「え? う、うん」


 東城は藤枝の両頬を掴み、まじまじと見つめた。


「痛いんすけど……」

「あ、すまん。つい興奮した」

「何で興奮? あんたも日本人なの?」

「そうだ。東城という。会津のうまれで、今は軍人——だった」

「ぐ、軍人? うへえ、俺は苦手だね。頭が硬くて何でもお役所仕事だ」

「硬いか。まあそうかもしれんな。柔らかく在れと常々気持ちを新しくしているつもりだが、どうも凝り固まる。性格かもしれん」


 饒舌である。わかっていたことだが久しぶりに同じ世界の、同じ国の出身の者に出会ってしまった嬉しさはこらえようがない。しかし殺す決意が鈍ることはなかった。一時の楽しみとして割り切っていたし、抜け目なく周囲を警戒していたりもする。


「あんたは、いや東城さんは結構柔らかいと思うよ。俺の知る軍人たちは、俺たちが正しいから従えって感じの連中だもの」

「どの基地にいる。名前さえわかれば直接言ってやってもいい。部下には従わせる必要があるが、他は別だろう。正義などとは、そういうものは考えなくていいものだ」


 明治も何年だと思っているのか。と憤慨する東城に、藤枝はぽかんと口を開けた。


「め、明治?」

「日本人だろう。なぜわからない顔をする」

「いや、だって今は二千百年だ、元号を気にする人は少ないよ」

「はあ?」

「……なるほどね。チェインが言ってたのはこのことだ。時間も時空も飛び越えて集う豪傑を束ね、悪神を倒せってのは」


 悪には心当たりがある。チェインもそのうちの一つではあるが、対立している神をそう呼ぶことの方が自然であり、


「フォルトナを倒せと?」

「知ってたのか。話が早い、実力と自信があるなら」

「いや、やめておこう。藤枝、お前はあれだな、もっと人を疑うべきだ。それと稽古をつけるべきだ。さっきのシーラや友人たちを守ることに重点をおくべきだよ」

が多いな。何で突然にそんなことを」

「フォルトナは大した悪人だ。神を名乗る連中にまともはいない。チェインですらも疑え。それと実力がなければ死ぬ。シーラもな。殺されるとしても、抵抗してからの方がまだ浮かばれるだろう」

「何が言いたいのかよくわからん。でも心配してくれてんのだけは伝わったよ」


 仲間にならないからって敵にはならないから安心してくれ。藤枝はそう言って東城の背を叩いた。


「……チェインを信じるなよ。フォルトナもだ」

「運命を信じるほど子どもじゃない。偶然を望むほど愚かじゃない」

「そうか。では——また会うこともあるだろうが、その時は是非、笑顔で遊びたいものだな」

「おう。あんたにも事情がありそうだしな。今度はゆっくり話そうぜ」


 しれば知るほどに藤枝の甘さが見えてくる。その胸の奥に敵対の意図はなく、ただ東城だけがこの関係性に終止符を打てる。

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