第百十四話 少年

 寒風の荒ぶ夕暮れである。東城は外で飯を食うと店主に伝えた。


「構いませんが、どちらへ」


 店主に尋ねられると、ちょうどよかったと彼の肩に手をおいた。


「俺も息抜きがしたいのだが、案内をしてくれ」

「息抜き……女ですか」

「勘違いするな。チェインの教会のことだ、一番に立派なのはどこだ」


 服の下では鳥肌が、靴の中では指で地面を噛んでいる。たえ難きを耐えるというような心持ちである。


「あなたもチェイン様を?」

「息抜きで教会へ行くなと思うかもしれんが、まあ俺にもいろいろあってな」

「いえ、そんなことは。一番大きいのは通り沿いですが、南に少し歩けばそちらも威風堂々たるもんですよ」


 案内は断られた。人手が足りないらしく、料理人だけを残すわけにはいかないという。


「そうか。まあどちらもは無理かもしれんが、助かった」


 コートはジェネット手製のものである。裾が膝丈くらいなのは、採寸が適当だったためだろう。


(まずは調べからせねばならんなあ)


 高揚するなといいきかせても胸の高鳴りは止まない。くだらない神のいざこざに巻き込まれてここまで来たが、それも終わりだと思うとせいせいする。

 しかしその旅の終わりは、ジェネットたちとの別れのようにも感じられ、足が止まった。


(何にせよ、来てしまった以上は)


 しばらく歩くと、一際背の高い建物がある。そこから出てくる人物の横顔に、くるりと背を向けて引き返した。


(アランとかいったか。そうか、忘れていた)


 フォルトナ信者を殺し回った殺人鬼が、仲間と共に教会を去っていく。東城はすこし背を曲げてその場を離れたが、アランの姿がないことを確認して教会に足を踏み入れた。


「チェインの……特別な男がいると噂をきいたのだが」


 人がいなくなったのを見計らい掃除道具を手にした信者は、またほうきを立てかけ、ベールのついたフードを外した。まだ少女のあどけなさがあった。


「あの、どちら様でしょうか」

「旅のものだ。剣で飯を食っているのだがな、力を集めているときいて来た。どんなお人が兵を募っているのか気になってな」

「旅の……申し訳ありません。今は外部のものを引き入れてはいないのです」

「なぜだ。遥々やって来たのに」


 ジェネットと同じくらいの身長だが、だいぶ大人びている。そういうきまりになっておりますと相手にされない。


(顔だけでも見たい)


 このまま居座って粘ろうかとしていると、奥から彼女を呼ぶ声がする。


「シーカ! 探したよ、掃除なら俺がやるってば。ここじゃ俺が一番新米なんだからさ」

「あっ、ちょっと、あの——失礼します!」


 シーカと呼ばれた少女は男の腕をとって奥に引っ込んだ。東城は置き去りにされたが、また戻ってくるかもしれないと近くの長いすに腰かけた。


(多分、今のがそうだな)


 暗闇ではわからなかったその素顔がはっきりと明らかになった。

 黒髪、十代の若さ、おそらくは十五、六であること。軍人の制服とは違うが、それに近い装束であること。武器は携帯しておらず、鎧もない。そして四角い金属片を紐で留め首からぶら下げていた。


(ここを住まいにしているのか。それとも他に家があるのか)


「おっ、まだいた。なあ、あんた」


 その少年はほうきを手にして声をかけてきた。信じることが武器であるかのような微笑みである。


「ごめんな、さっきのはシーカっていって、ここのシスターなんだ。いいやつなんだけど人見知りでさ。気に触るようなことを言ってたら謝るよ」

(気さくな子だな)


 元服はまだしていないのだろうが、見た目よりもいくらか年長に見える。東城はその顔立ちに残る幼さと、何度か荒事を経験してきた眼光の奥にある鋭さに気がついた。

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