第百十三話 肉と脂

 東城は昨晩の、自分が殺すであろう人物の説明をジェネットらにした。場所はチェインの像がそこかしこにある定食屋である。

 唇をほとんど動かさず、そして騒がしい飯屋を選んだのも誰かに会話を聞かれたくないためだろう。


「若いができる人物でしたよ」

「お前より?」


 バンローディアはようやく旅のひもじさから解放され、しかし節制を忘れずに小食である。ジェネットの食欲は旺盛だった。


「はい。声から察するにまだ十代かもしれません」

「あ、そっちじゃない。お前ができるっていうんなら腕が立つんだろ?」

「なるほど。どうでしょうね、そればかりはまだなんとも」


 ジェネットがふいに口を挟んだ。


「美味しいですねぇ。保存食も好きですけど、やっぱりお料理の方が好きです」


 そりゃそうだろと簡単には言わせない至福の笑顔である。バンローディアはもう一品追加で注文した。


「金のことは心配すんなよ。ちょっと使いすぎるくらいでいい。金持ちの道楽だと思わせた方が楽だ」


 昨晩の店主の会話を聞く限りでは、盗み聞きや観察をされていても不思議ではない。バンローディアは警戒を怠ってはいないようで、


「なるほどね。だからあとをつけてくる奴がいたわけか」

「お気づきでしたか」

「目端の聡さと回る舌、お前らに付き合えるくらいの常識。上手くやってこれた一因は私だと自負しているが?」

「あはは、その通りです」


 バンさんがいないと寂しいですもんねと妹が傍らで肉を頬張りながら言う。グリグリと頭を撫でこすり、


「状況は、良かねえな。宿が敵の城じゃ落ち着かねえ」

「移してもかわらないでしょう。部屋の中にまで確認するとは思えませんので」

「今は、な。もう少し我慢しろ、連中はただの変わり者だと、奴らが私たちを無視するくらいになったらだ」


 バンローディアも唇を動かさない。声も低く、ジェネットにさえ届かないように囁いた。


「早いとこカタつけろよ」


 東城の殺戮衝動ともいうべき剣の疼きは、ジェネットとバンローディアによって制御されている。彼女たちに不都合があるかどうかが判断基準だった。


 その一方が許可を出した。


「よろしいのですか? 以前はやりすぎだと仰っていましたが」

「人のあと付け回すなんてろくな趣味じゃねえ。ジロジロ視線もうざってえし」

「何度も確認して申し訳ないが」

「やってもいいが、やり過ぎんなよ。痛い目見るのはお前と、そんでジェネットだ」

「重々承知しています」

「なにをお二人で喋ってるんですか? ご飯が冷めちゃいますよ」


 とは言うものもどの皿にも半分程度しかのこっていない。食事のたびにこの小さな体が偉丈夫に見える。


「体型維持も楽じゃないのさ」

「またまたぁ、太ってなんかいませんよぅ」

「むしろ痩せたように見えますが」

「だったら食おうかな。程よく肉と脂がねえと逆に気分悪くなるから」

「……私、もうちょっと食べたいなあって」

「すいませーん! 注文いいっすかー!」


 肉と脂ときいて、少し離れた席の男を横目でうかがった。その背後にも、店の外にも目を向ける。くすぐったくなるような視線がその都度消えて、飯に手を付けるとまたチクチクと刺さる。


(肉と脂か)


 一瞬でも殺気を見せれば警戒される。剣に触れることさえできない。フォークを目の前の肉の塊に突き立てた。


「わ、ありがとうございます。取り分けやすくなりました」

「……あなたには敵いませんね」

「なにがですか?」

「いえ、食欲のことです」

「育ち盛りですから」

「だぁね。まあ、あんまり気にすんなよ。しばらくすれば落ち着くさ」


 体型維持から、しかも食事中にすぐさま斬った赤さとぶちまけられる肉と脂を想像するあたり、東城の感覚は過敏になっている。しかしそれと同時に食も雑談も楽しめている。彼らを見張る者たちは、行われた会話の内容も不明瞭だったし、その異常性にももちろん気づいていない。

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