第百十二話 密会
「ありゃあカタギじゃありやせん。特に男の方は」
深夜、片目の潰れた男は宿の裏口で誰かと密会をしている。
「素性はわかりませんがね、俺にビビらねえどころか、なんだか高笑いをしていたくらいで」
「余所者ってのは、萎縮するか威張るかのどっちかさ」
相手はまだ若く、しかし貫禄がある。高圧的でもなく、しかも自然と言葉が染み込んでいく。
「そいつらの目的は」
「それがさっぱりで。一昨日から飯を食って観光して眠って……それとなくあとをつけたりもしましたが遊んでばかりでして」
「ふーん。じゃあ金持ちのお嬢さんとその護衛かな」
「たしかに世間知らずのようでしたがね、あの男が護衛かどうかはわかりませんぜ。あんたの首を狙っているかもしれません」
「そんなはずないだろ。まったく怖がらせるなよ」
「常に危機感をお持ちに。あんたはチェイン様が遣わせた唯一無二のお方だ」
「いや、そんなことないって。俺はただ、元の世界に戻りたいってだけで」
青年は突然にドアから離れた、店主が何をするのか注視していると、助走もなしに宿の屋根に飛び乗った。
「……気配がしたと思ったんだけどな」
魔法の街灯がうつすのは暗いばかりの在るべき静寂と己の影、そしてかけられたはしごである。
「ど、どうかなさいましたか」
昔はこのくらい平気だったのに、と息をきらせる男に微笑む、担ぎ上げて地面に降りた。
「ごめんごめん。誰かの気配がしたとおもったんだけど、気のせいだったみたいだ」
「猫かなにかだといいんですがね。そのくらい用心深い方がいい。昼間は教会からあまり出ないでくだせえ、俺らも警戒しているとはいえ刺客がいつ襲ってきてもおかしかねえんだ」
「チェインの予言か。わかってる、また来るよ」
青年が闇に消えるのを見送ってから店主ははしごを片付けて裏口に鍵をかけた。
「ここ、三階建てだぞ……」
約十メートルをひとっ飛びしたその脚力は、着地の際にわずかな衝撃もないほどに強靭である。まさしくチェインの使者であると敬いの念を強めた。
「あれが転生者か? ……なんだ、痩せていたな」
屋根の気配は青年が登ってくるその瞬間に音もなく消えた。今は自分の部屋で月を眺めている。
飛び降りてから東城も着地を鮮やかにこなし、開けっ放しの窓から部屋に入り、誰にみられるでもないのに就寝前を演出したりもした。
「ここもチェインの巣だったか。よくよく言い含めておかねば寝込みを襲われるが、ジェネットさんが口を滑らせたりしたらどうするか」
それはそれでよしとした。そこにいるものを皆斬り殺せばいいだけであると決着をつけ、今度は本当に眠った。綱渡りのような危ない情報収集だったが、その胸のうちは平穏である。
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