第二十六話 からかいの的

「からかうつもりはないけどさ、東城も結構あれだよね」


 バンローディアがお茶をすする。目尻がこれでもかと下がっていた。


「……あれというのは」

「私と同じってこと。頭は切れるが、ちょっと抜けてる」


 自分で言っちゃうんだとジェネットは思うが、口にはしない。東城がばたばたと手を振って慌てて否定した。


「とんでもない。まずあなたに抜けなんてありませんよ。先日の薬草の件のことをおっしゃっているのなら、あれはただ優しさがあっただけのことです。報告すべきだったと理解もしているし、なんの問題もありません」


 それと、と自分のカップを両手で包むようにして持ち、波紋に目を落とした。


「頭が切れるという評価は、正しくはありません。俺はただ軍人になるための勉強をしただけです。日々の業務をする中で、むしろ頭がかたくなった。戦さの要因を頭から放り出していたなんて」


 これでは軍人として生きていたとしても何が出来ただろうと、珍しく肩を落とす。

 そんな東城を見たことがなかった彼女たちは、少しでも励まそうと無理に話題を変えた。


「東城さんは、その、軍人だった頃に何をしていたんですか?」


 返答は、ひどく曖昧だった。


「何、と言われましても……。細々とした書類整理だったり、部隊の調練だったりでしょうか。とにかく他国のことをよく識り、追いいつき、追い越そうとしていましたね」


 そのために海外にも渡った。が、結果的に彼はこの世界にきた。俺にかかった額が丸々無駄になったなと誰に向けるでもない申し訳なさからお茶を一気に飲み干した。


「他国、ねえ。東城のいた世界じゃどうか知らないけどさ、ここじゃ似たり寄ったりだ。何かあれば戦争だ。誰の土地、誰の金。もっとよく理解しあって、仲良しこよしでやりゃあいいのに」


 東城は、バンローディアの歳をきいた。突然のことに驚きもしたが、


「十八だよ。大人っぽく見える? だったらいいんだけどなあ」


 とジェネットの頭を撫でた。


「私は十四になったばかりですから、バンさんが余計に大人っぽく見えますよ」

「可愛いこと言うねジェネットちゃん。ファイの姉御は百戦錬磨みたいな面構えだけど、あれで二十四なんだってさ」

(俺が二十四の時は、何をしていたかな)


 軍人になったかならないかくらいの時期である。知人の紹介もあって軍人に興味を持った。


「あ、東城さんはおいくつなんですか?」

「三十です」

「うわ、まじでそうなんだ。若すぎでしょ」

「そ、そんなに驚くことでしょうか。俺も年相応だと思いますけど」

「見た目の話だよ。なあジェネットもそう思うっしょ」

「え、ええ。でもバンさんより大人って感じがします」

「……三十路と比べないでよ。それよりなんで歳の話なんかしたのさ」


 バンローディアの「仲良し」についておもうところがあった。

 それは無理だと深く感じ、俺も昔はそうだったがとまた自分の歳を数えた。


「気になったものですから」


 彼の十代の時期は血で真っ赤である。ジェネットと同じ年頃には京で暴れ回り、バンローディアの年頃には「仲良し」が到底あり得ないことを理解していた。


「それよか、どうすんのよ。でかいこと言ってハーベイ隊長のところから逃げ出してきたんでしょ? あの人はしつこいから、逃してくれないと思うぜ?」


 あり得ない以上、戦闘は発生する。敗北すればどうなるか東城は体感している。

 軍人である以上、勝たねばならない。と以前の俺ならばと深く考え込み、しかし今はと頭をふった。


「一言謝りには行くつもりです。ですがそれ以上は」

「でも、東城さんなら頼りになりますし、私とバンさんもいるじゃないですか」


 戦さに乗り気なことを諫めなければならない。しかし無邪気なジェネットを嗜めるのも気が引けて、


「ハーベイさんがなんとおっしゃるかによりますね」


 とはぐらかした。俺の馬鹿と心中で罵りつつ、このだらけたティータイムを捨てる気にはならなかった。




「皆様、隊長がお呼びです」


 東城は伝令の兵士に苦い顔をして見せた。あまりに露骨だったため、かえって笑われた。


「ククッ、いえ、ですが命令のためですね、皆様をお連れしなくては私が叱られます」

「東城さん。恥ずかしがってばかりもいられませんよ。さっきのことも謝りたいって言ってたじゃないですか」


 ジェネットに腕を引かれては抵抗もできない。東城はわざとらしい渋面のまま、バンローディアにも背を押され、基地に出向いた。


「来たぜー」

「おいバンローディア。もっときっちり挨拶をしろ。お二人とも、来てくれた感謝します」


 東城はまず謝罪をし、それが済むと全員に椅子が与えられた。

 一等騎士が三名全員いる。その副官とハーベイの横にいる副隊長に祈祷師たちを含め、会議が行われた。


 状況確認と対策についてハーベイ自ら説明している。ジェネットはちらりと東城を窺うと、ちょうど目があった。


(よくニコニコできるなあ)


 ジェネットはその表情とたたずまいに呆れた。緊張しかないこの空間で、彼だけが微笑んでいる。


「何か意見は」


 今度はハーベイと目が合う東城だが、表情は変わらない。


(魔法で遊べばいいさ。チャンバラすればいいさ。俺は知らん)


 そう決め込んでいた。見透かされたのか、ハーベイが咳払いをする。


「え? あ、どうも東城です」


 名乗っていたかどうか不確かだったので、小さく頭を下げながら参加者たちを見回した。苦笑されたが、緊張感は多少薄れた。


「意見といいますか、その陣がある場所や、戦闘が起きるであろう箇所はどうなっているのでしょう」

「平地に築かれております。なので、戦闘もそのあたりだと思われます」

「詳しい地形を知りたいのですが」

「では物見の必要がありますな」


 ハーベイがそういうと、いくつかのアイデアが他の騎士から出た。そこから急に会議が活発になり、途中でジェネットが居眠りをする珍事があったものの、ひとまず東城が危惧していた祈祷師たちの戦闘参加には至らなそうである。


(しかし一時的なものだろう。いつかこの人たちも)


 祈祷師たちがあまりに退屈そうなため、気を使われた。お手数をおかけしましたと解散になった。


(……この人たちが? 戦さに?)

「まじでつまんなかったな。私も寝ようと思ったけどさ、隊長もいるし、いやあ辛かった」 


 あくびを噛むバンローディアも、ついに起きず背中で寝息を立てるジェネットも、到底そんなことに巻き込まれるような人ではない気がする。


「お疲れのところ申し訳ないのですが、バンさんは戦場に立ったことがありますか?」

「何回かね」

「その時のことを教えて欲しいのですが」

「あー、寝てからでいいっしょ?」

「はい。ですが、がいないところの方がいいかもしれません」

「だぁね。しかしこの子も起きないね」


 家に着く寸前に目が覚めた。先ほどの東城のように「居眠り!? ハーベイ様に合わせる顔がない!」と叫び、バンローディアを腹が引きつるほどに笑わせた。

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