第二十七話 十八番のやり方
「バンさんの体験とは違うかもしれませんが」
と、夜半にジェネットが寝室に戻ったのを確認して、東城が話し始めた。
尋ねるよりも先に自分から言った方がいいと、
「奇襲ばかりをしていました」
簡潔に告げた。バンローディアは、正直者でどちらかといえば道理をこのむこの男にしては珍しいと思った。
「へえ。意外だ。正々堂々って感じがするけど」
「それもやりましたが、それをすると怪我をしたりするでしょう。だから、名乗るくらいはしましたが、ほとんどは奇襲でした」
「暗がりから?」
「ええ。バッサリと」
闇夜に落ちる提灯。それをかき消す飛沫。赤黒く染まる碁盤の目が昨日のことのように思い浮かぶ。
「……バンさんは——聞いてもいいのでしょうか。もし辛ければ」
「いいって別に。治療と前線に能力上昇ばかりかけてたから、そんなに苦しい思いをしたわけじゃない」
ただ、と自分の指を見つめた。「死ぬところはまあまあ見てきた」
「誰にだってあることさ。で、何がききたいのよ。戦争体験をほじくり返そうってわけじゃないんだろ?」
「戦さの様式を知りたい。主武装や戦術の知る限りのことを」
「難しいこと言うね。様式ってのはわからないけど、普通に剣とか弓とかで戦うよ。魔法もあって」
「それは平地や山々でも?」
「そうでしょ。素手のやつもいるけど基本は武器だ」
東城は少しヤキモキして大砲や銃、船はないのかときいた。それがあれば、戦争はだいぶ彼の知るものに近くなる。
「船? 渡し舟くらいはあるだろうね。大砲とか銃があったら、流石にわかるでしょ」
「え? あるんですか?」
「あるよ。でも魔法に熟達していないとできない技だからね。そんなやつがいたら噂になるよ」
どうやら魔法を修めると、そういう技を習得できるらしい。東城の思い描く兵器ではなかった。
「では、本当にチャンバラをするのですか?」
「するよ。切れ味抜群の、重くて硬い鉄の剣で」
ビビってんのかな。バンローディアはそういう心配をした。
しかし東城はやや微笑みを浮かべ、今までの焦りやもどかしさが消えたような顔つきになった。
「そういえば、東城の部屋にある石ころ、あれはなんなの? ジェネットが気にしてたけど」
「あれは護身用です。あんなものでも、何もないよりはマシですから」
「……誰がここを襲うのさ」
「襲われた困るでしょう。その時の用心です。どうやら戦さがそこまできているようですので、もう少しマシな獲物が欲しいのですが、何かアテはありますか?」
「武器庫から見繕うか、買うかしかないね。はぶりが良さそうには見えないから、融通してもらうしかないよ」
金の管理は全てジェネットがしている。東城の持つ小銭は彼女にお使いを頼まれた際の、その余ったぶんのお駄賃だけである。
「これくらいの長さで、このくらいの重さの武器は」
と身振り手振りで説明するも該当するものをバンローディアは想像できない。刀がこの世界にはないらしい。
「石で護衛しているとはいえ、木刀で戦うわけにもいかないしなあ。明日にでも聞いておくよ」
普段から突飛な彼女だが、こういう時のバンローディアはいつにもまして迅速だった。
その翌日の昼過ぎに東城がまたハーベイに呼ばれた。武器についてだときかされたが、東城は刀について半分あきらめているので、他に理由があるのではと疑っている。
「あいつから聞きましたが、武器が入り用とか」
「……ええ、まあ」
「カタナ? はありませんが、細くて刃が片側にあるものが御所望とか」
「あの」
「要するに、小ぶりの鉈ですか?」
「違います」
「でしょうね。まあ呼び出したのは理由がありまして」
(ほら見たことか)
「しばらく前から行商が逗留してまして」
話の展開を読んだ東城はため息で苦言を呈した。ハーベイはかまわず続ける。
「……向かう先が帝国だそうで、そこに騎士を紛れ込ませようという案が出ております」
(危険ではあるが、そのくらいはせねばならんだろうな)
「陣に火をかける程度のことも考えてはおりますが、そこに、どうでしょう、もし実戦経験豊富な誰かが指揮を取るのならば、成功しやすいとは思いませんか」
うんざりするほどやったなあ。とまたため息で言葉を隠す。敵や商人になりすまし火をかけ、数人切ってから遁走する。そういうことはもはや十八番だった。
「俺は護衛。何度も言いますが、それ以外の何者でもない」
「もちろんそう仰ることはわかっていました。ですので、要穴が何かを教わりたい」
「……人を選ぶべきですね。腕っ節だけではなく、人相や性格でも判断した方がいい。それと足の速いもの。そのくらいです」
「ではそのようにいたします」
「お伺いを立てるようなことはしないでください。俺なんぞは、所詮はジェネットさんの付き添いですので」
「この調べが活きる時が来ます。そうなった時に、祈祷師の苦労は少ない方がいい。これは、言ってしまえば、あなた方の負担を減らすためでもあります。ご容赦を」
(詭弁だ。減らず口を叩きやがって)
一瞬だけ頬が痙攣したが、あとお茶をご馳走になって基地を辞した。バンローディアにどう報告すればいいか少し悩んだりもした。言葉を選ばなければ、愚痴になってしまいそうだった。
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