第四十六話 ずさんのあとで

「俺は言っただろ! 揉め事は嫌だって……稼ぎの場所を減らす気かぁ!」

「うるせー! なっちまったもんは仕方がねえだろ! 走れバカヤロ!」

「お二人とも、大声を出すと——」

「あ、東城さん! あっちに警備の方が!」


 真夜中のマクロでは追いかけっこが行われている。追うのはアレクラムの私兵で、逃げる方は東城たちである。


「話し合いの場についたんだから成功だろうが!」

「俺より早くにお前らがキレてどうすんだ!」

「あ、声は潜めましょうね」

「あっちにも!」


 悲鳴と怒声が闇と家々にこだまする前日、彼らはマクロに到着した。

 その足でまずは宿を取り入念な会議を、東城からすれば子どもの悪戯のようなずさんさではあったが、ともかく会議を行った。


「とりあえず玄関からさ、行商だって名乗ればむげにはされないんじゃないの?」

「アレクラムはそこらの商人なんかを相手にはしない。騎士とか領主とか、大口のところがお得意様だ」

「あのペンダントを見せるのはどうでしょう」

「俺の嫁さんのものだって? ジェネットさん、それは因縁つけられて捕まってもおかしくないよ」

(奪われたのが事実であればそうだろうな)


 見物しようと東城は微笑みを絶やさず、お茶を煎れたり扉の前に誰かいないか見張りをしたりで何かしらできることをしていたが、見咎められた。


「バタバタするんじゃないよ。東城はなんかないの? こう、クイサさんと仲良く帰れるような案が」

「事情を説明するのが一番早いと思いますよ。奪われたのならばそういう反応があるでしょうし、無関係ならば、知らないところで娘を奪われたクイサさんの父上にぶん殴られる。それくらいです」

「……結婚もしてんだから、一発じゃすまねえよなあ」


 バンローディアが死にはしないさと笑ったが、カイは落ち着かない。


「せ、せ、説明ったって、どうすりゃいいんだ」

「もし難しいようなら、俺がやりますよ」

(やらせりゃいいのに)

「そうすれば荒事になった場合、俺が狙われやすくなりますから」

「そんなの駄目ですよ。そうならないようにちゃんと説明しなくちゃ」

「あはは。ええ、冗談ですよ。もちろんそうします」


 冗談ではなく、一人くらいは斬ってみるかと考えている。こちらが奪われたと思っている態度でいけば揉めるのは間違いない。揉めれば、ことが大きいだけに剣が抜かれる可能性は十分にあった。


「じゃあいつ顔出すか。もう行く?」

「バンさん、ちょっと急ぎ過ぎです。今日は休んだほうがいいですよ」

「そうだそうだ。御者ってのは重労働なんだ」

「あ? 今から行ってもいいんだぞ。決めた、行こうぜ東城」

「決行は明日だ! 今日は俺が奢るからしこたま飲んでくれ!」

「わかりやすい人ですねえ」


 結構言うねお嬢さんとまた肩を落とすカイである。そんな彼の評価を東城は密かに改めていた。


(人はいいし、冗談も許せる。年下を思いやれる。奪われたというのが真実味を帯びてくるが)


 実際に町の人間にも評判がいいカイである、妻が消えた理由は強奪であるとしか考えられないのは、彼の周囲に善人だけしかおらず、だからこそ不幸は悪党のせいということなのかもしれない。


「じゃあ出かけようぜ。実は腹へってんの」

「なんだか旅行みたいで楽しくなってきました!」

「護衛のあんたも大変だな」

「おっと、そこまでにしておいた方がいい。彼女たちは千里眼ならぬ千里耳です」

「それも聞こえてんだよ男ども」


 財布を水に浮かべてやると豪語するバンローディアに、肩をすくめるカイは、


「お嬢さん方のご機嫌を損ねるよりはマシだろうね」


 と、余裕そうに懐の財布に触れた。


「あー……意外と食べる量が多いんですよ、あの方たちは」

「へえ。まあお嬢さんにしてはってくらいだろ」

「バンさんは俺の倍。最近のジェネットさんは俺の三倍です」


 そんなに食べてないと廊下で絶叫している。

 東城の真剣な顔つきに、カイはもう一度財布に触れた。

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