第四十五話 一流

 帝国領ロクマまで馬で三日はかかる。ハーベイへことの経緯を手紙に書き、その後に出発した。


「あんたら祈祷師なのか」


 東城らが身分を明かすと、カイは素直に驚いた。ハーベイのお使いを頼まれた適当な娘とその護衛だと思っていたらしい。


「俺は護衛ですが、彼女たちは一流の立派な祈祷師です」

「そうでもないさ。ただ敬虔で謙虚で清貧で、弱者に寄り添うだけ。ああ、こいつは一流だな」


 自分で言うんだとみなが思ったが、バンローディアは鼻を擦って自慢げである。


「さ、一流のバンさんが段取りを決めたいようだけど、お前も付き合ってくれるよな?」


 彼女はそう言って、御者をするカイに呼び掛けた。


「あっちについたら何をするかってことさ。そのまま突撃してクイサを返せだなんて無謀だろ? 事情を聞いてくれそうなやつを探すとか、それとも夜中にやられたことをそのままお返しするってのでもいい」

「そ、それはまずい」


 カイは怯えた声だが、それとはかけ離れたことをいう。


「奪われたにせよ、俺は商人だ。誤解があったままじゃ、アレクラムの庭のロクマで稼げなくなる。なぜクイサを連れ去ったのかを知るところから始めたい」


 本当に奪われたかどうかもわからない。そのことをカイも理解しているようで、こちらが一方的に喚けばむしろ不利になることはわかっていた。


「意外と冷静なんですね」

「お嬢さんは結構はっきり言うね」

「それがいいところじゃないか。妹だって紹介することが最近は多くてね、でもだからこそ贔屓ができるってもんだ」

「贔屓だなんて、バンさんはみんなに優しいですから」


 例の如く商人に扮する東城たちは、またも商品の隙間に体を押し込んでいる。バンローディアがジェネットをあやす時は頭を撫でたりするのだが、今は肩でグリグリと、格闘戦のような勢いでやる。痛いのだが、ジェネットはそれが嬉しいらしい。


 それを水の入った樽を抱くようにして抱える東城は、目を細めて見ている。ちょっと眠っているようにもみえた。


「ごらんよあれを。寝てるぜ」


 足を小突かれて確認された。東城もからかってみようという気になって寝たふりをした。


「多分、疲れているんだと思います。酒場でも、なんだか変な感じになってましたし」

「気がついていたの?」

「だって、バンさんもカイさんも様子がおかしかったし」

「あれはね、殺気をぶつけていたんだ。お前の手にグラスが当たっただろ? それがカチンときたんだろうね」

「あたったって……転がってきたのが触れただけですよ」

「それでもムカついたから、私たちが殺気の餌食になったのさ。まったく過保護だ。ジェネットがつまずいたらその石ころを叩き壊すかもしれないね」

(そんなことはしない)


 寝たふりをしたのはいいが、し続けるのは辛かったらしい。樽に体重をかけ、本当に寝入った。これ以上あることないことを言われるのもむず痒かった。


 ジェネットがあくびをする。彼女は忙しく働くか大量の飯を食うか、仲間と遊んだり、他は寝ている。

 カイが思った通りのどこにでもいる娘である。しかし行商の真似事が上手くなり、兄姉もできた、そう思うとフォルトナ神への感謝が募るばかりである。


「私も少し休みます」

「兄貴の隣で寝るかい?」

「次女さんの隣がいいので」


 私も過保護だ。バンローディアは肩の重みと、ロクマではきっと面倒ごとになるという不安を吊り合わせて心の平穏を保った。

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