第四十四話 慣れた商売

「帝国のアレクラムって家の紋章だな。そこに出入りしてるやつを知ってるよ」


 通りで雑貨屋の主が教えてくれた。商人の間では名が通っているらしい。


「へえ、あそこにお嬢さんがいたとはねえ。しかもカイさんの嫁さんがそうとは知らなかった。今は戦争中だから揉めないといいね」

(こっちは揉めるどころのはなしじゃねえんだ)


 バンローディアは悪態を吐きそうになるカイに肘をいれ店外に連れ出した。あとは残った二人があれこれときくだろうと、もう自分の役目を終えたつもりでいる。


「そのアレクラムという家は商人の家系なのですか」

「基本的にはね。親戚には騎士とか傭兵もいるらしいから、俺たち庶民とは格が違うよ」

「なるほど。ぜひお近づきになりたいものですね。我々、身内で細々やっておりますので、ツテが欲しい」

「そ、そうです! 兄のためにもそのアレクラム家がどこにあるのか教えてください!」


 東城の騙りにうまく合わせたジェネットだが、主はその前のめりな勢いにも動じない。金銭を要求しているのだと東城にはすぐにわかった。しかし、金はない。ジェネットさん、出してやってくださいというのは、なんとなく自分が主のように思えていやだった。


「……親切心は素晴らしい美徳と思いませんか?」

「思うとも。だが情報ってのは金になっちまうんだ。俺は商人だよ」


 金になる話になった途端、彼の地が出た。粗野ではあるが商人としての理屈を知る人物のようである。


「足元を見たりしますか?」

「あんたら商人じゃないだろ。カイさんが雇った傭兵か何かだろうな。あの人には面倒見てもらってるし、酒宴にも呼ばれたから安くしておくよ」


 そこの、と指差したのは小さな木箱である。


「ペンダントでも入れとけ。それ買ったら教えてやる」


 ジェネットが財布から金を出した。高くもないし、この奇妙な取引が必要だとも思わなかった東城は、胡乱げに主を眺めた。


「……親切心は素晴らしい。カイさんを見るとそう思うんだ。だから、それだけのことだよ」


 カイは街の顔役である。本来はその父親なのだが、今は隊商の指揮をとっているために息子に家を任せている。その最中の結婚であり、そして奪われたという事態である。カイからは生気が消え、普段の人柄を失ったかのようであり、誰もが不憫に思っていた。


「やはり情で動くのも悪くありませんね」

「かもな。帝国領のロクマって街がある。そこで何代もアレクラム家は商売をしている」

「ありがとうございます」


 最後はジェネットが礼を告げた。やりましたねと東城に微笑み、バンローディアと合流してそれらを伝えた。


「本当に行くしかないのか? だって今は戦争中だ、俺たちよそ者が行ったら危ないぜ」

「あんたの奥さんの問題だろ? ここは臆病を引っ込めてさ」

「カイさんはお父様の代わりにお家を守らないといけなんですよね? でしたら私たちだけで行きましょうか」

「ば、ば、馬鹿を言うな。家を守れているのは使用人たちのおかげだ。俺はドラ息子だ、どこにだって行くさ」


 ジェネットの親切に意地になったのをみて、東城の機嫌が良くなった。ただの飲んだくれではないし、時々現れる言葉はしの卑下が気に入った。


「では参りましょうか。商人のふりなら慣れていますし、あなたは本職だ。用意ができたらすぐに」

「なんで慣れちまったのかねえ。これもフォルトナ神のお導きかね」

「そうですよ。フォルトナ様はとても素晴らしい神様ですから」


 無邪気だけがそこにあった。内心と表情を別々にすることにも慣れた東城である、まずは支度を、と足早にカイの家まで向かった。

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