第四十三話 手がかり

「……怖い顔すんなって。話すからさ」


 カイは先ほどとは逆に東城を宥めるために酒を用意しようとしたが、ジェネットは「必要ありません」と静かにいう。


「わ、わかった。先日、知ってるだろうが、俺は結婚したんだ。クイサという娘なんだが、綺麗で気立ても良くて、実は去年にしりあったばかりでな、一目惚れしたんだ」


 惚気出したが、すぐに肩を落とす。


「あんまりに綺麗だから、それがよくなかったのかなあ。俺が結婚なんか申し込まなきゃ」


 また泣き出したが、東城はもう親身になりすぎるのを止めている。


「いつ。どこで。奪われたのならその心当たりをお願いします」


 カイの嗚咽に姉妹たちは強く出られない。東城だけが頼りだった。


「いつって、ほんの一週間前だよ。あの日は昼ぐらいに目が覚めて、その時にはもういなかったんだ」


 家中を探し回ったのを克明に覚えているという。家はそれなりの名家で、使用人に行方を聞くと、夜更けに誰かと屋敷を出たらしい。それがカイでなかったために使用人も驚いていた。


「置き手紙が残っていたんだ。さようならと、それだけの手紙が」

「それだけでは——」

「絶対にそうだ! 奪われたんだ、間違いない!」


 あいつは帝国人の娘だ、だからあいつの家族も俺なんかに娶らせたくないんだ、戦争に負けた憂さ晴らしをされたんだ!


 そう慟哭し、机に突っ伏した。


「……責任をとれと、そうハーベイさんに伝えて欲しいわけではないのですよね」

「当たり前だ。間抜けな俺が悪いんだ。帝国も戦争も関係ない、俺はあいつと……あいつと一緒にいられればそれでいいんだ」


 その気持ちは確かなようで、だからこそヤケ酒の宴会を連日催しているのだろう。


「どうする? 奪われたんだったら、取り返すのが正解なのかね」


 手がかりはねえけど。とバンローディアもお手上げのようだが、カイがはっとして酒場から走って出て行った。

 追いかけようにもすでにその姿はなく、通りすがりにたずねると、彼の自宅に向かったらしい。

 まるで強盗のようだったというその必死さも痛ましい。家の場所を教えてもらうと、使用人が玄関先で困り顔でいる。事情を説明すると、丁寧に屋敷へ上げてもらった。


「な、何をしているんですか」


 ジェネットはバンローディアの背中から少し顔を出して警戒している。本当に強盗のようだった。


「あいつの、ペンダントがあったはずだ。親からもらったとかで大切なものだと言っていた。意匠が彫られてあって——」


 あった! と叫んで倒れ込んだ。衣服が散らかりタンスの引き出しはすべて開けっ放しの室内で、彼は花園にいるかのような恍惚とした表情である。わずかな期間ながらも彼女との思い出がそうさせているのだろう。


「これだ! ほら、見てくれ、この、これがそうなんだ。彼女の手がかりが!」

(まだ酔っているのではないだろうな)


 東城は顔こそにこやかだが、悪態をつきたくなる。精神が安定していないのも理解はできるが、自分を律することを説きたくもなる。しかし俺も説教できるほど、と別なことで苦笑した。


「きれいですけど、これはどこのものでしょう」

「ジェネットさんが知らないのであれば俺が知るはずもありませんが、バンさんはわかりますか」


 紐のついた簡素なもので素材は銀のようだが、掘り込まれた黒い花弁が鮮やかである。


「商人に聞いた方がいいね。誰も知らなければ、まあその時考えようよ」


 楽天家な彼女はその性格のせいで東城らに負担をかけたこともあったが、多くの場合は慰めたり勇気付けたり、この時も前向きにペンダントを受け取った。


「なんとかなるって。きっといい笑い話になるぜ。新婚早々に奥さんに逃げられて、号泣しながら友達に助けを求めたんだってな」


 へらへらしているのはカイの情緒を平たくしようとしたせいもあるが、ジェネットから見るといつもの頼りになる次女である、


「やっぱりすごいなあバンさんは」


 と、呟いた。東城もそうですねと同意したが、見習わせてもいいのかどうかは不安である。

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