第四十二話 新郎の愚痴

「カイという男です。手紙を渡すだけでいいので、道中お気をつけてください」


 ハーベイに見送られてから翌日、同行させてもらった商人と別れ、辿り着いたのはミロウという町だ。ウエクに比べればなんてことはない町だが、酔っ払いが目立つ。東城が先頭に立って理由をきくと、カイが連日酒盛りをやっているという。


「嫁さん? そういや見てねえな」


 首を傾げながらもその会場になっている酒場に行くと、店の前で酔い潰れているものがいたり、中では皿が割れていたりとひどい有様である。


「うわあ、ひでえなこれ。程々にしておけって隊長が言うのもわかるぜ」


 バンローディアは店主を探すも、見当たらない。まだ奥で飲んでいる男が、


「そこに寝てんのがそうだよ」


 と教えてくれた。彼のテーブルには店中の酒瓶があるというような具合だが、あまり酔っていないように見えた。


「あの、カイって人はでしょう」


 ジェネットが見渡す床には倒れている男が何人もいる。足の踏み場がなく、椅子も転がっているものばかりのため、仕方なくテーブルに尻をのせた。


「あ? あんたら誰だ」

「あなたがカイさんですか」


 ぶっきらぼうなものいいに、東城が前に出た。微笑んではいるが、右手はかたく握り込まれている。


「俺は東城と申しますこちらはジェネットさんにバンローディアさん。あなたのご友人であるハーベイさんから祝いの品と手紙を預かってきたのです」


 すると表情が変わった。「来てくれたのか!」と東城にすがりついた。


「あいつに頼めば来てくれると思ったんだ。そうじゃなくても誰かよこすはずだって!」


 ボロボロと泣いた。まさかこんな反応が返ってくるとは思わず、三人で顔を見合わせてしまった。

 ひとまずは落ち着かせようとして酒瓶を片付けてから詳しいことを聞いた。


「結婚したとお聞きしましたが、そのお祝いにしてはやりすぎじゃないですか」


 ジェネットが諫めるように言うと、カイは項垂れて面目ないとこぼした。


「ヤケ酒だ。飲まなきゃやってられん」

「何があったかお話ししてください」

「奪われたんだ。俺のクイサ、愛を誓ったのに」


 クイサと口が動くだけで涙が落ちる。悲痛さに言葉も出ないが、事態はカイを慰めない。


「奪われたとは穏当ではありませんね。それはいつ、どこで」

「あんたも男ならわかんだろ! こんな、こんな格好のつかねえことぁねえ!」

(ちょっと休ませた方がいいんじゃないですか?)

(だぁね。明日にでもまたきてみようか)


 姉妹で相談しあい、東城も同意した。


 カイの外見からは酔いが見えずとも、素面ではない。喚き散らかして、彼のひじがテーブルに当たった。その拍子に彼のグラスが倒れ、ジェネットの手元まで転がった。

 その勢いは弱く、もはや勢いというほどでもない。円柱が力学に従って転がるようにジェネットの手に触れただけのことなのだが、


「おい」


 と、東城が殺気だった。寝ている男どもが寝ながらにしてもびくりと痙攣し、偶然だろうがそのグラスにもヒビが入った。


「冷静になるのはお前だよ。まったくもう」


 とバンローディアがグラスを元の位置に戻した。わずかに手が震えている。

 しかしジェネットは平然としている。器用なことに、東城は彼女だけには殺気をさとらせなかった。まだ理性の残っている証拠でもあって、だからこそバンローディアは戯けていられた。


「な、なんだよ。文句あんのかよ」

「仔細を話せ。結婚の祝いで来たんだ。にしゃお前の愚痴を聞くためじゃねえんだ」

「と、東城さん、やめてくださいよ」

「さっさと白状しろ。次に暴れたら」


 拳を叩きつけようかとも思ったが、深呼吸で自分を律し、脅すこともやめた。


「カイさん。何があったのか話してください」


 と柔らかく言った。カイの酒はそれで抜けた。

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