第五十八話 死神

「十六」


 ぽつりと東城がいう。斬った人数だ。砦の規模にしては人が少ないように感じた。

 祈祷師たちには聞こえておらず、もとから聞かせるつもりもない。自分にそれができたという事実だけを染み入らせる行為だった。


(残りはいくつだ)


 流石に腕が重くなってきているし、微笑みも消えている。それでもきっちり十歩後ろにくっつくジェネットたちを不安にさせたくはなかった。


(血が)


 袖に染みができている。その小さな染みのせいで振り返ることができない。どれほど些細なことでも、彼女たちには見せたくなかった。


 まだ小屋が数軒残っている。周囲を見渡して、待っていてくださいと告げた。

 そのうちの一軒の戸を軽く叩いた。


 人を斬る音が、東城には河原の砂利を蹴るような音にきこえる。剣と衣服と肉の擦れが、そう聞こえさせる。

 すでに幾度も砂利を蹴っている。返り血はないが、靴の裏が赤い。足跡もそうであり、バンローディアはそれを辿るようにして進んでいる。


「二十」


 小屋から出ると、祈祷師たちの方から視線を外し、砦を闊歩する。肩で息をしているが、それを悟らせないために深呼吸をした。


「ひっ!」


 折悪く、ついに姿を見られた。小屋から出てきた若い男がこの現場を目視し、砦の奥に向かっていった。


「隠れて」


 指示に従うよう厳命してある。祈りの力が届く範囲にバンローディアたちは身を隠した。


(十年ぶりか、それ以上か)


 これだけ自分の手を赤く染めたのはいつぶりだろう。ぼんやりと考えていると、ナタを持った大男が現れた。ベグである。二十人ほどが付き従っている。


「な、なんだてめえは。何をしに——」


 東城の足跡を目で追った。入り口からのびているそれは、道中の死体までをも簡単に想像させた。


「ベグだな」


 返事はない。誰の身動きもなく、東城の口だけが動いている。


「俺は東城という。訳あって、にしゃらお前たちを殺さねばならん」


 参る。と足を進めた。無論、ベグも仲間に指示を出し突撃をさせた。


「殺せ!」


 オオと雄叫びが上がり、武器を抜いた。白刃と手斧に乱反射する陽光、凪いだ風、東城の乾いた唇からは少し血が滲んでいる。


(殺さねばならん。俺がやらねばならん。侍ではなく軍人でもなく護衛として)


 東城は鼻で笑った。先頭の男を袈裟懸けに斬り殺した直後のことである。


「それは言い訳だ。あの人たちにゃ、ニコニコしていて欲しいんだ」


 雄叫びにかき消されたが、これは暗示のようなものであり、効果はその剣速に現れた。振れば誰かが死ぬ。かすっただけでも肉が飛んだ。耳や指が、すでに四つ落ちている。


 囲まれないように動き回り、自分にだけ注目を集めている。ブーツですり足をして、鎧もないのに肉薄していく。


「ふっ」


 短い気合が、ひとりの肩を砕いた。剣が沈みこみ、胸の真ん中まで下げ、横から引き抜いた。


「残りは十二。悪いが一騎打ちはしない。全員をやらねばならん」


 さすがに疲れていたし、ベグの側近だから一人一太刀とはいかず、東城の服も破れたり所々出血をしている。


「誰だ、雇われてきたのか。何者なんだ」

「そればかりを聞かれている気がする。護衛だ」


 答えになっていない問答をやめると、東城の方から斬り込んだ。叩きつけるように剣を振り回し、振り下ろしが地面に数センチめり込むこともあった。


「見るなよ」


 と離れた場所でバンローディアがジェネットの目を覆っている。


「さっき、少しだけ見ました」


 でも、平気です。と目隠しの手を外した。


「あれは誰かのためにしていることです。それを怖がったりするのは、東城さんに申し訳なくなります」

「それでも見る必要はないんだ」

「何をしてくれているのか、見なくちゃ。私の力は必要ないかもしれませんけど、だったら余計にそうです。東城さんはこうしてくれたって、しっかり覚えていないと」


 ベグの部下たちも残すは三人ほどになった。砦の入口をくぐって一時間も経っていない。


「何が目的だ。金か」

「あとで言う」


 軍靴と剣は赤いのに、あとはほとんど汚れがない。そこだけに施された真紅の染色に、東城は密かに喜んだ。


(昔よりか、強くなっているかもしれん)


 土と血の雨にうたれたような戦中の辛さをおもえば、これくらいのことはどうということもなかった。振り返らないことだけを念頭に置き、ただ殺しを行う。東城のその姿は、彼の嫌う不可思議な存在に似ていた。

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