第五十七話 血風

「道に迷いまして」


 おどおどした娘二人とのんびりした帯剣する男。砦の門番たちはこの連中をそう見た。


「……南に行けば森を抜ける」

「抜けたら道があるから、あとはわかるだろ」


 存外に親切だ。東城はそう思い、微笑んだ。


「嘘をつきました」

「は?」


 抜刀から人体切断まで一秒もかからない。二人同時に切り落とし、血を払って鞘へ納めた。


「もう少し軽いものを選べばよかった。あ、お二人はあんまり地面を見ないでくださいね」

(なんだこいつ。わかっちゃいたが、本当にバケモンじゃないか)


 ジェネットは言われた通りにやや視線を上に向け、バンローディアの袖をつかんでいる。進行方向も速度も任せきりである。


 東城は門を叩いた。「もし。誰かおりませぬか」と叫んだ。また数人の男が現れるも、地べたに広がる惨劇に息を呑み、そのまま同じように土と砂利を汚した。


 東城がそこに唾を吐いた。侮辱ではなく、なんとなくの仕草である。


「門も開きましたし、進みましょうか。俺の十歩は後ろにいてくださいね」

「い、言われなくったって近づかねえよ」

「怪我をしたら教えてくださいね。あの、首が疲れちゃう前に」

「はい。あ、少々ここにいてくださいね」


 焚き火を囲む一団に目をつけた。六人、武装は鉄製の胸当てと弓に小ぶりの斧である。農民同然のほぼ非武装であるとし、東城は駆け出した。


「誰だ——」


 叫ぶ間も無く切り捨てられた。重量のある剣だから、その太刀筋は振り下ろすか薙ぐかに限られるのだが、一振りで二人や三人を平気で絶命させた。風を切り裂くような剣速である。


 最初の問答も最後の言葉も聞かず、既に十人ほどを切っている。しかし呼吸も表情もいつもの東城である。バンローディアにはそれが一番恐ろしかった。


「と、東城……お前、何者なんだ」

「何って、護衛ですよ」

「そうじゃねえ。確かフォルトナ神に連れてこられたって言ったな。前にいたところでは何をしていたんだ」

「軍人です。その前は」


 ぱっと会話をやめてまた駆けた。小屋のドアが動いた瞬間に身体が動いていた。押し入って、悲鳴もないままに出てきた。返り血はなく、しかし剣はもともとそう着色されていたかのような有様だ。


「その前は、なんでもやりました。侍であると自覚し、しかし実際はどうだったのでしょうか。いろいろと褒貶はありましたが」

「次女さん、東城さんは護衛です。今はそれだけでいいと思います」


 惨劇ではなく空を見上げるジェネットは、大体の見当はついているものの、事実を隠すようにしてバンローディアを嗜めた。


「……今やってることが、お前の仕事か」

「こればかりの毎日といっていい。そういう男ですので、俺を見るなとか、目をつぶれとか、稽古ですら誰の目にもいれたくなかったのです。ひどい様でしょう」


 朗らかに自分の手をズボンで擦った。汚れていないように見えるが、東城には違うものが見えるらしい。


「この手であなた方とお茶を飲んで畑を耕して……後悔はないのですが、この世界ではむず痒い思いがします。対等ではない。そう思うのです」


 懺悔のようにもきこえるが、本当に後悔はないようで、むしろ自分の力をふるう場所が与えられたことに喜んでいるようにも聞こえた。


「これしかできない男ですから」

「お茶を淹れてくれるじゃないですか。お掃除もしてくれますし」

「……あんまり上手じゃないけどな」


 ジェネットはただ空を見ている。見るなと言われたからではなく、それが優しさだと思った。その軽口に付き合うバンローディアにも感謝した。


「ふふ、努力します。そのためにはこの場を収めなくては」


 また駆け出した。鳥のさえずりや風の音よりも小さく、縦横無尽に剣が鳴る。

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