第三十八話 幻視
騎士たちの出陣に、東城たちも参加している。列の後ろで絶えず何かを話していた。
「見てよジェネット。私の甲冑姿。似合ってるだろ」
「とっても。でも他の騎士様みたいにもっと着込めば安全じゃないですか」
「あまり重くても動きづらくなります。そういう手甲と胸当てくらいちょうどいいと思いますよ」
どうせ戦列の最後尾にいる。前になどでない、いや出させない。東城の思惑はそこにある。
「かく言うお前は、薄っぺらい服だけか」
「ジェネットさんにもらったものを着るわけにもいきませんから。あれはよそ行きです」
もう一着欲しいですかとジェネットがきいた。東城は遠慮しそうになったが、それではかえって気を悪くさせるだろうと素直にうなずいた。
「こちらから願い出るのもいかがなものかと思っておりましたので、嬉しいには嬉しいのですがいいのですか? お手間やお金のこともありますし」
「騎士団から依頼料をもらっていますし、ファイさんからもこっそりお小遣いをいただいています。服の一着や二着、東城さんは黙って受け取ればいいんですよ」
(だいぶ気が大きくなっているな。縮こまられるよりはいいが)
戦場についてもまだこの意気を保てるかどうかは疑わしい。目の前の暴力に負けず、本分である祈祷師の役目を果たせるか、今ここでそれを問いたい気もする。
「東城さんも鎧をつけないんですね。バンさんと同じで動きやすい方がいいんですか?」
「昔は帷子や鉢金なんかをつけたりもしましたが、その程度です。身軽が一番ですので」
東城の格好は彼の言う通り軽装である。胸当てだけが命を守る装備だった。その装備の具合を見て、騎士たちの中に不安に思うものもいたが、多くはその逆だった。
一撃ももらわないという自信があるのだ。
そんな軽口が伝播して、ハーベイの耳にも入った。東城が自分からそんなことを言うはずはないが、騎士たちから余計な期待を抱かれても困るだろう。
「あなたはいつも注目の的になりますね」
嫌味にならないよう案じたが、東城はあっさりと笑って済ませた。
「俺の身なりは、慣れた装束が一番いいというだけのことですよ。浅葱色にはついに袖を通すことはありませんでしたが、彼らのいくところには俺もいました。着流しのままでもやった。刀が木刀でも、素足でも、いつでもどこでも」
だから平気です。と鎧がなくてもいいと言うのだが、ハーベイには半分も理解できない内容である。それでも東城が大丈夫と断言するからそうですかと引っ込むしかなかった。
「もしかしたら一騎討ちなんか挑まれたりするんじゃないか?」
野営の際、バンローディアが言う。ジェネットもそれを知らないようだった。
「名乗りをあげて、一対一で決闘するんだよ。騎士同士でなら結構多いんだ。したことないかい?」
東城が思い浮かべたものとはだいぶ違うようで、それは名誉なことらしい。
(袋叩きにされる前に己を鼓舞する名乗りではないだろうな。名のある志士との対峙が近いかもしれん)
「挑まれても東城なら勝っちゃうかもなあ」
「勝負は実力だけではありませんからね。周囲の状況も考えなくてはなりませんから、一概にこうとはいえませんよ」
降参で決着がつくはずがない。少し遠くへ目をやると、過去の敗戦がそこにある気がした。またあそこに、赤々とした場所へ戻るのかと思うと恐ろしくなったり後悔が先に来るはずなのだが、彼は動じることもなく幻視をまばたきで消した。
「お茶が恋しくなりますね」
「もう、東城さんったら。帰ったらいくらでも飲めますよ。今は我慢です」
着々と近づく久しぶりの戦さが、彼を現実につなぎとめている。過去や幻に何かを求めるよりも、今は一本の刀を求めている。サーベルに触れてもその重さを感じても、特に動感はなかった。
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