第三十七話 足りない

「百はいますので、それより多くの数を揃えたいですね」


 東城はそれに拘った。他にも武器であるとか移動経路だとか騎士たちは思い思いに案を出したが、東城は人数のことばかりを言う。


「ですが、人はいません」


 と非難に似た厳しい言葉で反論した。いないと諭されると、


「集めましょう」


 と、なお強気に言う。ハーベイは、首を振って無理を伝えた。


「どこからです」

「志願してくるものや近くの町村からです。ある程度は選別したほうがいいのですが、だめならば頭数だけでも揃えたい」


 これは東城が提案するようなことではない。ハーベイがすることである。しかし東城のいうことも理解しているし、彼の力をあてにしているので無視することもできない。


「しかし……ここの騎士だけでも百はあります。同数ならば打ち勝てるのではないでしょうか。帝国には祈祷師がいないようですし」

「百五十あればもっと楽でしょう。あと五十を集めて武器を配り、最低限の調練をする。これだけのことで勝ちがそこにあるように思えませんか」


 祈祷師の力に頼ることはしたくなかった。ジェネットたちにはなるべく控えていて欲しいのだが、それをするには騎士たちだけで勝利しなくてはならない。東城なりの企みがあっての案だが、勝利の要素には人数が大いに関係するために、ハーベイもしばらく思案して、


「では、なんとか集めます」


 深々と礼をする東城に傲りはなく、申し出を受け入れてくれたことへの感謝だけがあった。こういう人柄はこのウエクのどの騎士も知っていたために物事が円滑になる場合が多かった。


 今回もそうである。張り切ったのは行商の護衛に同行した騎士で、東城の怪我とその所業に敬服し、近隣の村をいくつも回った。


 宣戦布告がなされた翌日には五十人を越えた。しかし全員で調練をするだけの時間がなく、東城が簡易的な教官を任された。

 だが剣を振ったとことがあるものとないものにわけ、何回か素振りをさせただけで終わった。


「手斧や棍棒と同じだ。鎧を着ているから刃は通りづらいので、叩くことだけを考えろ」


 それだけ言って、あとは木の棒でチャンバラをさせた。模擬戦のつもりらしいが、騎士からの評判は悪かった。


「ジェネットさん」


 珍しくお茶の時間に東城から切り出した。


「どうしました? あ、今日の茶葉はいつものとは違いますよ。なんでもずっと南の方の葉っぱだとかで」

「ちょっと苦いけど美味しいよな。薬草みたいな感じ」

「美味しいのはもちろんですが、本格的に戦さが始まりそうなので」


 どうやら緊張しているようですと言った。まさかこの男がと冗談としてきいていると、本当のことらしい。

 ただジェネットが感じるような緊張ではなかった。


「無闇に気が立ってしまいまして、俺の調練風景をご覧になっていればわかると思いますが」


 指導に熱が入っているのではなく、自分の気を紛らわせるために熱を放出しているような有様だという。


「いつもとそんなに変わんねえと思うけどな」

「ああ、それならばいいのです。俺におかしなところがあれば、あなたたちも変な目で見られるかもしれないと思ったので」

「……もしかして、朝と夜に稽古をなさっているのも、その緊張のせいなんですか?」


 ジェネットたちが眠ったあと、そして起き出す前に素振りをしている。これは偵察から帰ってきてからだが、東城の危機感から始まっていることには違いない。


「あれは、まあ軽い運動ですから」

「お前は元から変な目で見られてるし、私も似たようなもんだから安心しろよ。ジェネットがいなかったらもう……な? わかるっしょ」

「そ、そんなことないですよ」

「そんなに変ですかね。俺」

「何かあるってわけじゃないけどさ、日常の細々したところっつーか、騎士たちにも平気でお使いを頼むし、見たぜ、なんか空き地で昼寝してたろ。うちで寝ればいいのにさ」


 たまには外で寝ようと思ったまでに過ぎないが、騎士と関わりのある人物がするようなことではない。ただジェネットはそれについて特に不満を持っていなかった。


「日の下で寝るのもいいものですよ。ねえジェネットさん」

「もちろんです」

(とうとうジェネットを抱き込むことを覚えたな)


 彼女さえ味方につければ、騎士も強く出てこれない。祈祷師であることや東城の後ろ盾もあるが、優しさと愛嬌が不平不満を全て破壊するのだ。

 バンローディアもそうだし東城もそうなのだが、


「たまにはいいだろうさ。でも寝床があるんだから、たまにするくらいでちょうどいいんだよ」


 私がある程度の指針にならなければならないと今までにない思いがある。剣の実力者とはいえ、祈祷師とはいえ、騎士団でどれだけの発言権があるにせよ小娘とその居候に過ぎない。バンローディアの指針であろうとする決意は真っ当なものである。


「たまにって、三日に一度とかですか?」

「お嬢さん、眠くなったらこのバンお姉さんに言いなさい。家まで手を引いてあげるから」

「……子ども扱いしてます?」

「されてると思うなら改めな」


 数日後、帝国が動いた。陣から抜け隊列を組んで進行してくるとハーベイからきかされた東城は「剣を借ります」と返事も待たずに武器庫へ向かった。


「あの人ももう少し落ち着きがあればいいのに」


 ハーベイはまた倉庫を壊しはしないかとハラハラしながらも、騎士たちに指示を出すために動き出した。落ち着きがあるものはいなかった。

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