第百二十六話 夜明け
「死ね」
アランの血走った目が、水中の東城に突き刺さる。馬乗りになられ、すでに水をたらふく飲んでいた。
「死ね、東城」
アランは剣を捨て、両手で首を締めた。水か彼の手か、どちらにせよ窒息するのは目に見えている。
水のあぶくに血が混ざった。何か喋ろうとしているのだろうが、アランはなお力を込める。指から肩、そして全身を使っての絞殺だった。
ふいに、その全身を駆動させての殺しの手が緩んだ。自分の脇腹に剣が突き立っている。
水しぶきと共に東城が跳ね起きた。剣はアランを鞘として、その先端を埋めている。
東城は何度か咳き込むと、おもむろに笑みを浮かべた。川下にいる東城に流れる水は鮮血により真っ赤である。
「ひしひしと殺気が伝わってくる。しかし行動が伴っていない。俺は首や腹やを斬られぬよう準備をしていたが、締めにくるとは思わなかった。上をいかれたな」
「てめえ……」
アランの右足に指はなく横腹には穴があき、朦朧とする意識の中で東城の声をきいている。その声がどんどんと迫ってくる。
右腕の肘から先が飛んだ。川に落ち、しかしその持ち主の眼光はまだ戦闘の継続を意思を持っている。
「アラン。昼でも夜でも俺はこうだ。悲しいかな、幕末が俺をこうした」
「チェインの呪いあれ」
「末期の言葉にしてはくだらんな」
剣を振るとアランの胴体がのけぞった。上体が川に落ち、下半身は前のめりに倒れた。彼の部品を集め、土を掘ってそこに埋めた。供養ではなく、発見を遅らせるための工作である。
服についた血や剣を洗い、ついでに全裸になって水浴びをした。すぐ近くの土の下にはアランがいるのに、彼は気にしなかった。
歩いてでも日の入り前に宿に着くだろう。東城はやや余裕を持たせたままアランを仕留めた。宿まで戻ると、人目を気にして入り口からではなく、自分の部屋の窓から直接侵入し、眠った。
「今日は楽しかったですね」
夕飯の際、東城が話をふった。アランとの死闘のことではなく、バンローディアならば話を合わせてくれると思った。
「……散歩してただけじゃねえか。雲を眺めているのがそんなに楽しいか?」
宿の主のレントがカウンターにいる。他にも飯を食いに来た、というていの彼の部下らしき連中もいた。
「嫌いではありませんけど、一緒にというのが嬉しいのです。ジェネットさんだって、空を眺めるのはお好きですよね」
「それは日向ぼっこが好きなだけで、ただ空を見るのに好きも嫌いもありませんよ」
「雨が降りそうだとか、風向きとか、なんとなく面白いじゃないですか」
「なんだそりゃ」
バンローディアは周到で、この日の行動を誰にも見られていない。しかし露店で騒がしく買い物をしたり行商と値切り勝負をしたりと、いわばアリバイをつくっていた。その隣にジェネットがいたと誰の記憶にも残さず、自分だけに注目を集めていた。
ジェネットですら霞むのだから、そこに東城がいたかどうか誰にもわからない。
翌日、東城は教会へ向かった。藤枝とシーカが出迎えてくれたが、心ここに在らずというような反応である。
「どうかしたのか」
そうきいた。内心は見るにたえないどす黒さである。
「いや、大したことじゃないんだけどさ。アランのやつ、昨日は夜警に参加しなかったらしいんだ」
「あの人は変わり者ですけど、圭のことになると真剣です。珍しいことですので、なんだか胸騒ぎがして」
来るはずがない。すでに土の下である。
「昨日が初めてなのか?」
「ああ。いままでは参加できない時は事前に連絡があったんだけど、それもなくてさ」
「ふむ。様子を見た方がいいのか、それともアランに直接きくべきか」
腕組みをして悩むと、そこまでするほどのことじゃありませんよとシーカが言う。
「どうせ明日にはけろっとした顔で出てきますよ」
楽天家なのではなく、信頼といえる。しかし、翌日になっても現れない。それどころかレントまで行方知れずになった。
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