第百二十五話 闇夜の続き
森に近づくにつれ、妙な匂いがする。日が落ちるまでまだ時間はあるのに、東城にはそれが暗闇の匂いに思えた。
植物の青臭さと殺しの気配が混じるその一帯へ足を踏み入れたとき、アランと出会い殺し合いをした夜の記憶が舞い戻ってきた。
水のせせらぎと獣道を辿り進むと、小さな山小屋がある。鬱蒼とした中に空間があって、小川まで道が踏み固められ、薪や手斧、瓶などがここでの生活を想起させる。
東城は一切の足音なく小屋に近づいた。窓がないからか、入り口が開けっぱなしになっている。覗き込むと、天井の一部が手動で開くようになっているのか、光が差し込んでいた。
ベッドにアランが寝そべっている。東城が小屋に入ると、そのベッドの上から声がする。
「誰だ」
起き上がるとあくびをした。東城と目が合うと、にやりと笑う。
「来たか。遅かったな、退屈していたんだ」
旧友にするような態度である。声も寝起きのそれではあるが、うれしさがあった。
「俺の家まで調べたか。いいね、フォルトナの加護かい?」
「違う。ここに来たのは目的のためだ」
「教えてくれよ」
ベッドから立ち上がり、机の上のパンをかじった。武器もなく、これから戦闘が行われるとは思っていない様子である。
「殺しのためだ」
「そりゃあそうだろうとも。俺が誘ったんだ」
「お前じゃない。これは準備だ」
「ふーん。なんでもいい、好きにしろよ。俺は簡単にはくたばらねえぞ」
東城は「武器を持ってこい」と椅子に座った。
「意外とそういうところもあるんだな。闇夜のあんたは、暗殺こそが正しいって雰囲気だったが」
「気が昂っているからかもしれん」
「いい傾向だ。そんじゃ失礼して」
革鎧をまとい、剣を抜いた。鞘は床に転がした。
「できれば外がいい。この家は、友人と作ったんだ」
東城が先に外に出た。アランもそれに続くが、
「友人とは、藤枝か。シーカか」
と唇の端を吊り上げた。
キン、と剣が交わる。眼前での鍔迫り合いが火花をうみ、眩しい。
「……目的は殺しって言ったな。誰を殺すつもりだ」
「貴様だ。貴様らだ」
東城が腹を蹴り二人は離れた。
「楽しく遊べると思ったのによう、どうしてこうなっちまうかね」
「もっと楽しくさせてやろうか。俺は東城、東城九郎という」
「九郎……ああ、まったく楽しいね。新しい友達ができたって、あんなに喜んでたのによう」
「アランの名も聞き及んでいるぞ。親友らしいじゃないか」
自然が発する音と静寂は、剣の唸りによってかき消される。鳥や動物はこの一対の剣鬼から逃げ出し、木々は彼らが移動するたびに犠牲になる。人間の胴体ほどの太さの大木ですら、アランは一振りで切り裂いた。
「圭を殺すつもりかよ!」
「俺は本気だ。口をつぐめ」
「ふざけんな! んなことさせねえ……絶対にさせねえ!」
アランの横薙ぎは防いでも弾き飛ばされるほどの威力である。時に木々にぶつかり、時に転び、そして気がつけば小屋を離れ川辺まで来ていた。足元は滑りやすく、倒れれば砂利に足をとられて容易に立ち上がれない。水に浸かれば水深こそ膝下程度だが、相手がアランでは致命的な障害になりうる。
気合と共に振り下ろされるアランの攻撃を、東城は肩を引くだけで避けた。そして剣を足先に突き立て、拳を使って頬を殴った。
「藤枝を殺す。惨めにな。シーカも殺す。犯したあとでな」
激昂するアランに、東城は微笑んだ。三下のような下衆い文句に、鮮やかに引っかかった彼が無様に見えたらしい。
間合いまで三メートルほどあった。突っ込んでくるだけの相手ならばそれに合わせて斬ればいいだけのことである。東城は待ち構えていればよかったのだが、
(おかしい)
とその違和感に体が反応するまで、一秒にも満たないが、遅れがあった。
今のいままで数メートル先にいたアランだが、すでに東城の頭上で剣を振り下ろしている最中である。
反射で身をよじり、剣を盾にすると根っこからそれは砕け、川に倒れ込んだ。
(魔法か)
「よく防いだ! しかし終わりだ!」
アランは馬乗りになって東城の首に手をかける。剣ではなく溺死させることを選んだようである。
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