第百二十七話 不義
レントは街の路地裏で見つかった。
背中から斬りつけられ、即死していた。傷口は右肩から斜めに腰まで達し、腹の皮膚だけが繋がっているような有様で、藤枝はその死体を決してシーカには見せず、またその死因も濁して伝えた。
教会でそのことを聞いた東城は言葉を失い、項垂れる藤枝を慰めることもできない。応接間ではいつも対面して座るのだが、隣に腰かけることで自分の気持ちをあらわした。
「お前ほどじゃないが、あの人には俺も世話になった」
ぽつりとそうこぼした。悔しさと無力さに打ちひしがれているようである。
「こんな時だってのに、アランもどっかに行っちまった。シーカもレントのことを聞いてショックで部屋に閉じこもった」
藤枝は黙って泣いた。東城の態度と言葉に弱気になっているようである。
「なあ九郎」
その握った拳が柔らかく解き、目を擦った。
「俺は復讐なんて考えちゃいないよ。でも、せめて犯人を見つけたい。なぜこんなことをしたのか。それが知りたいんだ」
東城は藤枝の肩に手を置いた。「きっと手練れだ。危ない」
言い聞かせるような声色だが、藤枝は頷かない。
「相手はフォルトナの関係者かもしれない。お前が犯人探しなんかしたら余計に目立つ。それに」
すぐになんでもないと自分の言葉を打ち消した。しかしその続きを藤枝が紡ぐ。
「……いいんだ。わかってる。裏切りだろ」
「あくまでも可能性だ。そんなことは考えなくていいんだ」
「もしそうなら敵は……なあ九郎、俺は復讐なんてしたくないんだ。これは本当だ。でも、どうすりゃいいんだ! 心が叫ぶんだ、レントを殺した奴を殺せって!」
応接間に反響する男泣きに、東城は目を伏せた。
「まずはアランを探そう。様子を見るなどとは言ってられん」
落ち着けと藤枝をなだめた。勝手がわからないためお茶も淹れられず、男たちは黙って椅子に座っている。
「ははっ。シーカがいないと、俺はおもてなしもできないんだな」
あまりにもか細い声でに、東城は昨晩のことを思い出す。
(レントは唇だけで藤枝を呼んでいたな)
斬り裂かれた瞬間に、自分の死を悟ったのだろう、しかし声を出すこともできずに、ぱくぱくと唇が動いていた。
「藤枝、もう少しだけ俺もここにいたいのだが、いいか」
「いてくれ。俺ももう少し泣く。そしたらアランの家に行ってみるよ」
真っ赤な目からまた涙が流れた。拭いもせず、足を組んでソファにもたれている。
「悪いが、九郎はここにいてくれ。シーカを頼む」
「……もっと信頼できる人物に頼んだ方がいい。それに俺は弱いぞ」
「いいんだ。教会に出入りする連中は少ないし、荒事専門のやつばかりだ。シーカもお前の顔を見れば元気になると思うから」
頷くのに少し時間をかけた。仕方なしというふうに。
「わかった。任せろ」
「ありがとう。本当に」
「だからお前もしっかりとアランを探してこい。森中を探すくらいしたっていい。必ず見つけてきてくれ」
「ああ。もちろんそのつもりだ」
握手ののち、また藤枝は泣いた。出発は一時間後であり、まだ目が赤い。
東城は管理するもののいない宿に戻り、しかし周囲の警戒を怠らずジェネットたちに事情を説明した。
「俺はこれ以上ない不義を行うつもりです」
その内容は言わない。
「不義って、いままでもそうじゃん」
「何をするつもりなんですか?」
「アランもレントも死にました。残っているのは藤枝と、祈祷師のシーカという少女です。俺は転生者である藤枝を殺すために、その外堀から攻めてきたのですが」
「じゃあ残りはシーカだけ——不義ってお前」
察したバンローディアは、呆れを通り越して、それはやめておけと反対した。
「あのな、その子あれだろ? ジェネットと同じくらいの子だろ? チェインの信者だからって何をしてもいいわけじゃねえぞ」
「な、何をするつもりなんですか?」
「俺もしたくはありません。自分がされたら心が粉々になるでしょう。それをした連中を七日七晩に渡り生かさず殺さずを続けるでしょう」
「わかってんじゃねえか。私は嫌だね、それをしてまた私らと旅する気か? 冗談じゃねえぞ」
「あのー、東城さん? バンさん? 聞こえてますかー?」
「いいかいジェネット。こいつはな、お前くらいの……東城、お前が自分で説明しろ」
できるはずがない。アランに宣言したように、シーカを犯して殺すなどとは。その姿を藤枝の目に焼き付ければ、彼の心は破壊され戦闘にも発展しないくらいに悠々と殺せる。そういう策である。
「私くらいの?」
東城は言葉を探すも、脂汗をかくばかりである。
「説明できないんならするんじゃねえバカヤロ」
バンローディアを怒らせただけに終わったが、彼はもう作戦の第一段階として、藤枝を森に行かせている。シーカを一人にするためにアランもレントも排除したため、この機会を逃したくはなかった。
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