第三十一話 新調
東城は参加を決めるとその準備を急がせた。彼が一番張り切っていた。
(あんなに嫌がってたのに)
ジェネットは奔走する東城を作業の手を止めて眺めていたが、どうも溌剌としているように見える。本当に得意分野らしい。
準備には一週間ほどかかるという。まずは護衛をする行商を選び、つける騎士を選定し、そして東城らの役割も決めなくてはならない。
兄妹にするとすれば、行商は老年ではなければ不自然である。歳がいっていても戦さの近い国を渡る精力的な商人というのは数が少ない。そのために日数が必要だった。
「ジェネット、これはいい機会だぜ」
バンローディアは手に布を持ちながら、休憩中にジェネットを連れて街に誘った。
「何がですか」
「これだよ。服を見繕うって話さ」
「服って、その布でですか」
「仕立て屋のおばちゃんが作業場を貸してくれるんだ」
甲斐甲斐しく働く妹ジェネットが男に服をくれてやりたい。そういう話を通していた。仕立て屋につくと満面の笑みで出迎えられる。
「あの、服って……作ったことありませんよ。それに私の体格じゃだいぶ余りそうですし」
「うちらは適当な服でもいいさ。でも東城の格好は目立つだろ」
「はぇ? なんで東城さんに」
言葉とは裏腹に、すでに針を手にしている。説明を求めたのは、ただの会話のつもりらしい。
「あっちに行くなら変装しなきゃ。ばれたっていいことなんかひとつもないからね。できる女ってのは、言っただろ、こういうことをするもんだ」
声は潜めたが、仕立て屋の女将には「できる女」だけが聞こえたらしく、バンローディアの事前説明もあってか、
「お嬢ちゃん、つきっきりで面倒見たげるからさ、頑張ろうね」
とむやみに肩入れした。
しかし三日ほどで適した商人が見つかってしまった。元々は戦士だったが、数年前に隠居して息子たちと店をやっているイツという男だった。
「カカアと行くよ。お前さんが息子役だな。そっちのが娘。話は聞いてっからよ、仲良くやろうや」
と豪快に笑う。その妻はそれ以上にきっぷがよく、東城と同じくらいに背丈があって、彼女もまた元戦士だった。
騎士の選定もつつがなく決まった。東城の希望通り、人相と性格がよく、足が速いものが集まった。馬術にも長けているとハーベイはその人選を誇った。
「予定よりも少し早く出発できそうですね」
東城はそれを喜んでいるが、ジェネットもバンローディアもハラハラしている。
(間に合うのか)
と変装だなんだと理由をつけた制作中の贈り物の完成を急いだ。
「あの、変装とかします?」
ジェネットがハーベイに聞くと、こちらで用意しましょうかと問い返された。
「……東城さんは自前のがあると言っていましたから。私たちの分だけお願いします」
周囲を確認してそう答えた。姉の耳に入ればからかわれると思った。
「あー、ではそのように」
居候だったあの男が服に金をかけるだろうか。と口にしかけたが、言えばジェネットがまた癇癪を起こすだろうと、しかしからかいたい気持ちもあった。東城の性格をよみ策をしかけるだけのことはあって、他人の企みもそれなりにわかるようだ。
「バンのやつに用意させてはどうでしょう。あれはあれで、そういう目利きができるようですから、適したものを持ってくるはずです」
この少女には、まだ東城の保護者であるという自覚がある。誰かにあの人の衣食住を任せたくない思いがあった。
きっかけと手伝いくらいは頼りもするが、他は全部自分がやると、制作を始めてからは女将がうちで働かないかというくらいには熱心だった。
「自前のものがありますので結構です。失礼します」
温和な中にも黒い粘性のもやがかかる瞳で辞した。ハーベイにすれば厄介な祈祷師だが、それも多少の親密さのうちと納得した。その態度からも、何か用意するであろうことがはっきりとわかった。
「東城さんも苦労なさっている。がんじがらめで指一本だって動かせないんじゃないか」
それはともかく、と目の前にある木箱を軽く叩いた。粉砕された机の代わりである。
「この怪力を御するんだから、祈祷師というのは凄まじいな」
先日の件は「ああ、申し訳ない。でもおあいこということで」となんとなく流された。晴れやかな謝罪もさることながら、感情に任せて机をぶっ壊すという怪事件が恐ろしかった。
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