第九十二話 保護者たちの軋轢
「昨晩にチェイン神の教会へ何者かが押し入り、三人を殺めたそうです。死体は腕が曲がり、いくつか深く刺された傷もあったとか。首を落とすという入念さがあって、それだけでも恐ろしいのに、目撃者がいないそうなのです」
エマの恐怖は、東城からすればどこか面白みすらある。俺がやったから安心してくれとは言えないし、告白すればどれほど驚くのだろうかとからかいたくもなった。
本心から昨日の蛮行を意に介していないその横顔を、バンローディアは見咎めたいのだが、エマのためにそれができない。
「……拷問だね」
「ええ、リーガルさんもそのように仰っていました」
その拷問とは、言うに言えない私のこの状況が、という意味でもある。東城は真剣な顔でいるのだが、それにまたいらついてくる。
「フォルトナ信者の方がやったのでしょうか」
ジェネットの疑問も裏側を知らないからこそである。その可能性は極めて高いのだが、実態は違う。
「わかりません。このようなことが起き続ければ、街がどうなってしまうか……毎日のお祈りでさえも恐ろしくなる、しかもフォルトナ様を祀るこの場所にこそ、人を殺めた者が通っていると考えると、たまらなくなるのです」
(いろいろな考えの人がいるものだ)
この世界の倫理観や死生観とはずれている東城である。それらを理解しているくせに、その枠の中で生活をしているはずなのに、神や殺しが関わると自分をその枠の外に簡単に追い出せてしまうらしい。
「ねえ東城さん、夜に見回りとかしてみませんか。東城さんなら変な人がいても捕まえられると思うんです」
その純粋さが、バンローディアには眩しすぎた。真っ黒なこの男に、少なくともしばらくはそれをさせてはまずいと思った。そうすればまた闇に紛れて人を殺し、この街の治安をめちゃくちゃにするばかりか、犯人以外でも容赦なく拷問を繰り返すだろう。
「やめとけ。相手が何人いるのか、どこの誰なのか、それもわからないんだ。自警団だって警戒を強める、私らが出張ったらかえって迷惑になるかもしれない」
そうだろう。と東城にきいた。「お前ならそれがわかるよな」
「はい。危険ですし、たしかに迷惑になるでしょうね。どうしてもいうなら、あらかじめ許可をとった方がいい」
「だったら、許可を取りましょうよ」
そうなることはわかっていた。バンローディアはエマに視線を投げかけ、その賛否を問う。
「ジェネットさん、私はお控えになられた方がいいかと思います。あなた方が夜警をするのならば、まず我々がするのが筋です」
「いやいやエマさんたちの方が危ないですよ」
「だめです。もし夜にあなたの姿をお見かけしたら、教会総出で見回りに加わります」
自分を差し出すような交渉術に、東城は小さく笑った。む、とジェネットに睨まれると、肩をすくめる。
「様子をみましょう。もう二、三日ほどすれば、好転するかもしれません。自警団の方々の尽力次第ですが、今は頼りましょう」
ね、と同意を求めた。バンローディアに目配せをするあたり、彼女のうちなる癇癪を見抜いているようである。
「……ジェネット、お祈りに行こう。エマさんも忙しいのに悪かったね」
私らは邪魔にならないところで見てるからさ。と席を立った。
「バンさん? どうしちゃったんですか?」
「なんでもないさ。それより真剣にお祈りしろよな、ちゃんと見てるぜ、私が」
「それはもちろんですけど。いつも見ていてくれてますし」
「あはは、そうだったね。ほれ、行ってらっしゃい」
様子がおかしいのだが、それも気分家だからと適当に理由をつけて二人を礼拝堂まで連れ出した。東城と並んで壁に寄りかかり、ジェネットを見つめている。
「お前、今回のはちょっとやばいぜ」
(なんと答えたものか)
ここでケリをつけるという意志が、言葉どころかその腕組みにまであらわれている。あしらっても無駄だろう、ごまかしが通用する相手でもない。
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