第九十一話 意図せぬ天誅

 朝食の後、フォルトナ教会が騒ぎになっている。玄関先に何人もの信者が集まり、エマたちに何かを叫びつけていた。


「フォルトナ神よ! あなたは我々を救いたもうた!」


 ドアが開けっぱなしになっており、そこからでも中に大勢が一心に祈っているのが見える。どうやら席が空いていないので静かに待っていろと諭されているようだが、より神に近い場所で祈りを捧げたい信者らは、興奮しっぱなしでそこから離れようとしない。


「どうしましょう。こんなにたくさんの人……エマさんも大変そうですね」


 垣根の一番外側で、ジェネットは背伸びをしてエマを覗いている。


 口々にフォルトナ神を褒め称えるその輪に、東城は察した。


(ああ、昨晩のあれが神によるものだと思っているわけだ)


 すでに噂になっている。チェイン神の信者が三人も惨殺された。近々の事件の死者は皆フォルトナ信者であるため、その報復だろうと自警団は推測しているが、目撃者もなく、そのあったはずの悲鳴や物音ですら周囲からの聞き込みでは手がかりがない。


 神が自ら手をくだしたに違いない。そういう噂が早朝から出回っていた。


(俺のせいか。まったくよく考えればわかるだろうに。神がそんなことをするはずがないのだ)


 民衆の信仰心が、彼の心を刺々しいものに変えた。


「やかましい」


 一喝すると、垣根が割れた。


「うるさいなあ。でかい声出すなら先に言ってくれよ」


 バンローディアが耳をおさえながら悪態をついた。ジェネットも不満顔である。


「申し訳ない。しかし、貴様ら」


 と睨みをきかせた。脅しに使うこの眼光は、必要以上に恐怖を煽る。


「自らの欲のために他人を困らせるとは何事だ。エマさんが仰ることに間違いはない。静かにしていろ」


 まったく馬鹿馬鹿しいと吐き捨てた。鎮静する群衆の誰かが、


「あんた、何者だ」


 と呟いた。


「俺は」


 名乗る寸前に、喧嘩になりそうな雰囲気を感じたのかエマが割り込んだ。


「私のお客様です! みなさま申し訳ないのですが、こちらでお待ちいただければ随時案内をいたしますので」


 こちらにと手を振ってジェネットたちを応接間まで通してくれた。額の汗はもちろん陽気のせいではない。


「ありがとうございます。普段はこんなに慌ただしくないんですけど」

「すごい人でしたもの。仕方ありませんよ」


 バンローディアはジェネットをからかうついでに、先ほどの東城を責めた。


「うるさかったなあ、あの大声。ジェネットの顔見ただろ? 手が出る寸前だったぜ」

「……そんなことしませんし、したこともないですよ」

「まあそれはいいとして、あの人だかりに心当たりはありますか」


 東城はまたわかっていることを聞く。確証を得たいがためである。


「ええ、その、リーガルさんから聞いたに過ぎませんけど」


 口止めされているのか、それとも物騒な内容だからか、こたえを渋っている。


「フォルトナ様の偉大さがみんなに伝わったとか?」

「……そう、なのでしょうか」


 信者ならば断じてもよさそうだが、表情は陰るばかりである。


「こんなことを本当に彼女がするのかどうか、私にはわかりません。いくらなんんでも」


 人を殺めるだなんて。視線も言葉もテーブルに落とした。ぱっと東城を睨んだのはバンローディアである。


「……ああ、じゃあチェインのところから人死にが出たんだ」


 と、なじるような諦めのような音調である。

 東城の顔つきは変わらない。やや口角の上がった微笑みが、いつものことながら爽やかである。

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