第九十三話 割り切れない
「やばい、とは」
焦るなと自分の心に刻み付ける。間違えれば、この旅がどうなるかもわからない。バンローディアと視線の先は同じはずなのに、その考えはまったく別のものである。
外はまだ少し騒がしいが、礼拝堂は静かであり、しかし二人は誰の耳にも入らない音量で喋ることができた。こうした技術は似通っているくせに、人間性のすれ違いが起きている。
「情報を持って帰ったことは、そりゃいいことさ。その過程だよ」
「はて、何をご存知なのですか」
「とぼけるとジェネットに言いつけるぞ。エマさんにもだ。どうなる、お前は散々に叱られて、この街を追い出される。すると私たちは護衛を失う。チェインの報復相手は街の中にいる私たちだ。自分の身を削る交渉術は苦手だろう、特にされる方は」
お前はそれで本望か。腕組みをするバンローディアの指が上下に動いている。いらつきがそうさせた。
「脅し、ですか」
「だからなんだ。気に入らねえか。なら黙って——黙って斬れよ」
覚悟があるらしい。こうまでさせた理由は自分にあるのだろうが、間違えたとは思っていない。
「穏当ではありませんね。あなたがそこまで怒るのはなぜでしょう」
「まじで言ってんのか?」
「恥ずかしながら」
「……やり過ぎたってことだよ。ここは皆殺しが許される砦じゃねえ。カイのところではぶん殴るくらいで済んだじゃねえか」
「ああ、なるほど。もちろん理由はありますよ」
フォルトナ憎し、神憎しの心構えが常にある。神が憎いからその信者も快く思っていない。
それが前提にあるものの、彼の言う通り理由があった。
「まず一つ。先に手を出したのは連中の方です。ああしなければ口を割らなかったことが二つ目。俺はどちらの味方でもありませんが、ジェネットさんやあなたの居る場所がそうといえますので、やるならば徹底的にやるべきだ」
「そこが違うんだよ東城。それがやり過ぎだってことだ」
「では使えない自警団とやらをあてにするのですか。やらな過ぎは毒そのものです」
「三人を拷問の末に殺してまですることか」
「無論。何もわからない状況ですから。それと腕を折ったりしたのは一人だけです。あとは軽く足を刺しただけで、みな意識のないままに首を落としました」
会話の音量よりも、バンローディアの歯軋りの方がうるさいくらいである。話の通じない相手に対しての憤りが激情を引き起こすも、しかし彼がいなければ旅の危険の全てにさらされる。そういうジレンマがある。
「お互いによ、折り合いをつけようじゃねえか」
「どのような」
東城には一歩も引く気がないようである。時間の感覚を狂わせるほどにバンローディアは言葉を選んだ。
「まずは、殺しはやめろ。エマさんがこわがる」
「その方が後腐れがありませんよ」
だから殺すのか。そんなことを問いただしても平然と頷くだろう。それがわかるくらいには東城と一緒に旅をしてきた。
「お前の目的はこの街で起きている凶行を止めることだ。お前がそれになってどうする」
「……ふむ」
ふむ、じゃねえよと相槌にもいらついた。
「殺さなければいい。むしろ積極的に動くのを推奨してやってもいい。でも何をするのか、何があったかだけは克明に説明しろ。私とジェネットにな。それできるんだったら大いにやれ」
「望むところです。しかし一方的な制限を与えられるのは不服ですね」
「ピーピー鳴くお嬢さんのハンカチになってやる。お前は殺し以外を好きにできる。私はあいつとベタベタできる。最高だろうが」
「なるほど。今まで通りですね」
「殺しを除けばそうだ」
「情報をどう入手したのか、その始まりから終わりまでを克明に。それをすれば彼女はきっと、手が出てもおかしくないかもしれませんよ」
それをなんとかしてやるって言ってんだ。断言して、バンローディアはため息をつく。
「チェインの連中を全員ぶっ殺そうぜって、そう言えたら楽なんだけどなあ。心がそれを否定すんのさ。もっとうまいやり方があるって、まっとうにできるって。だけどちっともその良案が浮かばねえ」
自分の気持ちの整理ができていないようである。東城のようには割り切れていない。
「それを一緒に考えたいのは山々ですが、被害者は増えることが予想されますので」
「……考える気、あんの?」
「ふふ。ありますとも」
なさそうだなあ。バンローディアはようやく笑みを見せた。ぎこちなく、無理につくった笑顔である。
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