第九十四話 言わないで
「ジェネットさん。ちょっと」
祈りが終わり、ジェネットを連れて外に出た。まだ群衆がいて、一睨みで道をつくった。
(猛獣みたいだ)
その後ろを歩くバンローディアの感想も間違いではないだろう。
宿に戻ると、もはや何も言わなくても飯が出る。一日の終わりに金を払っているのだが、どうも安い。ジェネットがあまりにも旨そうに食うからと店主が気を使っているらしい。
「お話ってなんですか?」
ニコニコと食事を続けているのだが、
「チェインの死者、あれは俺がやりました」
からん、と持っていたフォークがテーブルに落ちた。口に運ぶ寸前で、まだ肉ついている。
「敵は我々と同じ流れ者です。おそらく男で、この街に宿をとっている。これが三人を殺した成果です」
バンローディアはあえて聞こえていないフリをしている。ジェネットの視線も無視した。
(この子も、自分ではっきりさせとかなくちゃダメだ)
ジェネットは東城のしていることを、なんとなくはわかっているはずである。しかしこの先こういったことが頻発するだろう。
もとより人殺しが目的の旅である、甘やかすべき部分ではないと判断した。
「なぜ、ときかれれば、それは情報のためです。これで相手はチェインの息がかかった者であるとわかりました。次は居所を確かめたいと思います」
質問を先読みした。ジェネットは唇を尖らせて、反抗を示している。
「街の人が怖がってます。エマさんにも迷惑をかけてますよ」
「承知しています。これからは殺さずに手がかりを得ようと尽力します」
内心のせせら笑いは自分自身に対してだ。言い訳をするくらいならあの時バンローディアに整然とそれはできないと言えばよかったのだ。
そんな心境ではあるが、一度納得したものを撤回するわけにもいかず、
「今晩にでも参ります。まだチェインの教会はあるようですので、順番に回ります」
と洗いざらいうちあけた。
「……そこで、その」
「はい、ちょっと痛い目にあってもらって、教えてもらいます」
その人物のことを。優しく言ったつもりだが、ジェネットのフォークを拾う手はぎこちない。
「私、東城さんがいつもそうしているのは知ってましたけど」
「いつもじゃないですよ」
「いつもだよ。ほとんどな」
「そうやって、これからやるぞって言われると変な気分になりますね」
もし私が、と皿に目を落として逡巡した。上目遣いで東城を見て、
「やめてって言ったら、どうしますか」
「……ふむ」
「なぁんで私と対応が違うんだよ。あん時ぁもっと剣呑だったくせに」
「あははは。いや、まあ、これはフォルトナ由来の事件ですから。それにしても、そうですねえ」
すぐにこの街を離れるのであればそれでもいいのだが、チェイン信徒についてもう少し内情や殺人犯の武装やその実力も知りたかった。
(俺は甘くなった)
また黒い青春の疼きが胸を打つ。しかし殺戮の景色の一番端に、ジェネットとバンローディアを背にして戦う自分がいた。
「——やめてとは言わないでほしい。この赤い過去が、眩しい今に流されそうになってしまう。自警団の皆さんが解決してくれるのであればそれが最良ですが、そうはいかない。できる者がやればいいことで、お節介ではありますが、もうどれだけ汚れてもいい人間がここにいます」
もしこの娘二人から己の凶行、とは思っていないのだが、それをするなと言われれば、意地になって皆殺しにするかもしれない。大人しく宿で腐るのかもしれない。それがわからないことも不愉快だし、現状のぬるさに甘えたくもない。
(剣が鈍ることはないだろうが、邪魔をされたくはない)
ジェネットは食事を再開した。ふーん、とちらちら東城を盗み見ながらも、二度おかわりをした。
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