第百四話 中間地点

 川辺の教会群での巡礼はすみやかに終わった。ジェネットはその建物の意匠の意味や、フォルトナについての説話、神話を教えてもらい、いくつかの書物をもらった。


 それらが終わると日が沈んでいた。もう一泊することを快諾してくれた信者に礼を言い、ベッドでバンローディアが急かすまでもなく、次の街に行きたがった。


「もう少しゆっくりしていてもいいんだぜ」


 急ぐと決めたジェネットには、何を言っても通用しない。だからこそ思ってもいない悠長なことを冗談にできた。


「いいえ。見るべきものも見れましたし、フォルトナ様にもお伝えしました」

「何を」

「私はアルドラを目指しますって。途中で風が吹き抜けたのは、きっとそのお返事です」


 東城は寝たふりをしている。こちらに話をふられても、どうせ嫌な思いをするだけである。


「馬車の準備はしてあるから、朝のうちに出発しよう。そうすれば日暮れまでには次の街さ」

「またいい人ばかりの宿だといいですね」

「まったくだ。どうせ問題は起こる、寝る場所くらいは安らかであって欲しいよ」

「何があってもバンさんなら大丈夫ですよ。東城さんもいますし」

「そうだねえ」


 そうだといいけど。とは言わない。ジェネットの寝息が聞こえてきたためだ。


「チェイン神に近づいてるってことは、フォルトナ神の肩身が狭くなるってことだぜ。わかってんならいいんだけど」


 独り言がおやすみの代わりになった。東城はそれをよく心得ている。


(いずれ敵の中に身を置くことになる。祈祷師であることも隠した方がいい。信者ではなく、また変装なんかをして——)


 いかに護衛をしやすくするかを考えながら彼も眠った。良案をひねり出すよりもジェネットにどう説明するかに手間取るだろうと、今から憂うつである。




「お世話になりました」


 ジェネットが馬車から手をふった。みなこの巡礼者をありがたく思い、姿がなくなるまで見送ってくれた。


 伝えきかされていた通り、日暮れには目的地についた。家屋が十数軒の集落であり、村の規模である。しかし村長の家の次に大きい建物が教会で、ここでもフォルトナ信仰が盛んなようだ。


 東城はため息をついている。巡礼なのだからフォルトナを目指して進んでいるようなものであり、バンローディアは「慣れろよ。うざったいな」と小言で責めたりもしている。


「教会で宿を借りましょうか。馬をつなぐ場所も必要ですから」


 この馬は東城たちの愛情を一身に受けている。蹄の手入れは全員で行い、餌やりも立髪の手入れも誰も嫌がらない。そのためか従順であり、この時も手綱はぶら下がっていて、手を離してもその場に居続けるだろう。


「こんばんは」


 ジェネットが声をかけると、まだ若い青年が出迎えた。事情を説明すると彼もまた快く宿泊を認め、ぜひ祈りを捧げていって欲しいとまでいう。


「この村はたしかにフォルトナ様への信仰を捨ててはいませんが、ここにくる人は少ないのです」


 嘆かわしいと項垂れてもいいはずだが、その表情は明るい。


「皆さん、ご自宅に祠をお持ちでしてね、週に一度しか集まらないのですよ」


 どの旅人にもこの話をするのだろう、こなれているし、彼が気さくな人物だとわかった。


 案内された寝室もこ綺麗である。馬をつなぐ場所をきくと、裏手にしっかりとした馬屋があった。


「何もない村ですが巡礼者は多いんです。アンヘル神やチェイン神の信徒もいらっしゃいますよ」


 地図で見るとこの村は都市へのちょうどいい中間地点なのがわかる。旅人も多く、しかし村人たちは信仰と日々のささやかな糧さえあればいいと、村の発展にはあまり興味がないらしい。


「両者の仲は良くないなどと聞きますが」

「あはは。しかしこんな小さな村で揉め事を起こしても仕方がないでしょう。寝泊まりができる場所があって、顔を合わせるのも嫌だからと野宿するのは、何を信仰しているかに限らず妙なお考えですよ」


 つまり、俺は妙な考えの男かもしれん。と思った。もしこの憎悪が溢れたら、信者とは口もききたくなくなり顔を合わせるのも嫌になるかもしれない。

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