第六十七話 脅し
「そんなに怒らないでよ。これはあなたにとっても、そう、悪くない話なのだから」
「知るか。勝手にやれ。俺もそうする」
「それがねえ、ちょっと面倒なことが起きちゃって、あなたの手を借りたいのよ」
激怒が彼を冷静にさせた。瞳から生気が消え、空っぽの手の内に刀が見えるようである。
「手を借りる、か」
「あー……禁句だっかかしら」
「人の助けには応えず、自らの呼びかけには応えさせる。大した傲慢だ」
「あなたのいた世界では、私の力は弱いのよ。世界にはそれぞれ神がいる。ここでは求めに応じているわよ? 敬虔なジェネットちゃんには特に」
それに、とフォルトナは指をくるりと回した。すると東城の四肢が見えない鎖に縛られたかのように動けなくなる。
「傲慢。気まぐれ。わがまま。したいことをして、飽きたら放っておく。それが私なの。運命を司るからこそ、律儀じゃいけないの。そうしたら、退屈ばかりの世界になってしまうもの」
話を聞いて頂戴な。可愛らしくウインクするも、東城が踏み込んだ。見えない鎖を引きちぎり、一足で間合いに入った。
「女は斬りたくないんだが」
「無駄よ」
唐竹割りが柔らかく受け止められる。そしてまた動けなくなった。
「もう、学習してよね。こうなったら一方的に話すしかないじゃない」
身動きどころか口もきけななった。東城は鬼のような形相だが、その周囲をフラフラと歩き回るフォルトナは、信者からすれば優雅そのものだろう。
「あなたみたいな人がこの世界には何人かいるの。他の世界から来た人間がね」
鬼はその表情を変えた。その出自を同じくする連中への悲しみと、同類への親近感が芽生えた。
「私があなたを呼んだから、他の神たちも真似をしたのよね。自分が送り込んだ人間を使って信者を集めたり、戦争させたり、ホントいい迷惑。運命ってねじ曲げるのは好きだけど、されるのは大嫌い」
あなたは私のお願いをきいてはくれないでしょうけど。白い肌の細い腕が、東城の後ろから回される。
「神の代理戦争。大袈裟よね。でもそう言ってる神もいる。私の興味本位が引き起こしちゃったお茶目っていうか、まあこれも運命なんだけど。そんなわけで」
フォルトナの手先は東城である。こんな触れ込みで命を狙われちゃうかもね。
軽々しく言った。自分の身を案じるよりも、同行への危険性が頭をよぎった。
「私の頼みをきいてくれないと、あなたの身の回りが大変かもよ?」
さあおしゃべりをしましょう。東城の体が自由になった。斬ってやろうとしていたし、罵ってやろうとも考えていたが、大きく息を吸って、唾を吐いた。
「下衆め」
振り絞るように呟いた。お前が従わなければ、少女たちがどうなるか。そういう脅しは幾度となく受けてきたが、相手は山賊でもなければ志士もない。
「無理難題を押し付けるわけじゃないの。些細なお願いよ」
「彼女たちに何かあれば、俺はどんな手を使ってでも貴様を殺すぞ」
「どうやって? それこそ神を頼ることになるけど?」
「そうなれば……そうなれば、俺は臆面も無く頼るだろう。貴様以外の全てに懇願し、貴様を殺す」
己を殺して覚悟を告げた。理性的であれと自分を律したが、フォルトナはからかいまじりの微笑みを浮かべている。
「あらら、冗談じゃなさそうね」
「問答はやめだ。話してみろ」
いぇーいとはしゃぐフォルトナに、東城はもう一度しかけた。後ろから蹴りを入れたが、不自然に貫通して腹から足が出た。
「女の子にこんなことしちゃダメよ?」
「……反吐が出る」
女神が憎たらしいまでの愛嬌を携えながら指を弾くと景色が変わる。白一面の空間は、木の匂いがこもった小屋に変じた。
「ここは」
「この方が落ち着くでしょ? 椅子もあるしテーブルも、それにお茶にお菓子。完璧ね」
戦場の方が落ち着く? 問いかけられるも、ここでいいと座った。脳が揺さぶられる状況の変化である、一刻も早く腰を落ち着けたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます