第六十六話 うるさい

 祝宴は夜になっても続く。カイはいつ誰がきてもいいように仮眠を取る程度で、朝まで起きっぱなしでいるという。


「お嬢さん方は少し寝てくれ。そんで、明日にまた付き合ってくれよ」


 アレクラムの客間を貸してくれた。ハーベイはカイに付き合うため、男女に分かれて東城はひとりで部屋に戻った。


(帰る、か。久しく考えていなかったな)


 自分はどこで何をすべきか。それを迷っている。

 帰る場所はなく、強いて言えばジェネットの生家となるのだが、居候の立場では図々しいし、自分の居場所ではないように思う。


(では元の世界に)


 居場所はあるのか。おそらくはないだろうし、戻るあてもない。実家は戦争ですでに焼け土地も売ってしまった。軍人としても、死者を在籍させておく必要がない。


 明確な自分の置き場所というものを欲したことがない。振り返ればそれは意識せずともあったものである。


 自分で掴んできた。軍人には試験に合格してなった。侍としても腕で勝ち取ってきた。


「俺は、ここで何をする」


 どう生きるか。今までそれを考える時間はなかった。どうあるべきかの方が大切だった。しかし、それらがなくなった以上、東城九郎は何をするのかを明らかにしなければならない。


(護衛の任が終われば)


 ジェネットにもバンローディアにも役目がある。ゆくゆくは祈祷師として自立していくだろう。そうなったとき、俺だけが一人である。


(何をするか。何をするか)


 ねるに寝れず一時間ほど寝返りをうっていると、ふいに体が軽くなった。


 目を開けると、客間のベッドの上だったはずなのに、白いばかりの果てのない空間にいた。


「はあい。久しぶりね」


 軽やかな声は背後からである。白いドレスの女がいた。


「……俺はこんな夢まで見るのか」

「夢じゃないわよ。わかってるくせに」


 腰まで伸びた金髪、ドレスよりもなお白い肌、胸元が大きくあいていて、そのしなやかな体つきは忘れたくても忘れることができない。


「元気そうで何より。東城九郎」


 東城は無視をして横になった。くだらないと一蹴しての不貞寝である。


「あらら。私に会える人間なんてそうはいないのに。こんな幸運を、そうやって無碍にしちゃうんだ」


 沈黙が彼女をムキにさせた。


「小さな祈祷師さんが熱心に私のことを教えてくれたはずだけど?」

「黙れ」

「うふ、何かあるとフォルトナ様のおかげ。いい子じゃない。あの服にも私の意匠があったし、実はそんなに嫌いじゃなくなくなっているのでしょう?」

「黙れ」


 のそりと静かに立ち上がり、ぱっと刀を抜いた、が彼の腰にも鞘もないため格好だけになった。しかし構える姿は様になっている。


「無手でも斬れんことはない。拳が当たればその肩、二度と使い物にはならなくなるぞ」

「運命の神。気まぐれな女神。ええ、私のことよ。フォルトナ様のおかげで、あの子のおかげで、あなたはここまで生きながらえたのにひどいじゃない」

「何が貴様のおかげだ」

「ジェネットがいなければ家もないし、食べ物だってそう。やりがいのある仕事だって得た。これは彼女だけのおかげかしら」


 村が危ないって忠告もしたのに。唇を尖らせる仕草は艶かしいが、東城は牙を剥いて吠えた。


「なぜ俺をこの世界に送ったのだ。俺が貴様らを嫌悪するからか。それは曲がらんぞ、無駄なことを」

「じゃあ、死ぬ? いいのよ? ここでそれをしても」

「俺の過去を知らんのか」

「いいえ」

「では、俺が死ぬことを躊躇うと思うか」


 東城は通常の人間の精神ではなかった。あまりにも多くの死に触れすぎたために、無感動になっている。神の前に立っているからではなく、常々そうである。


「……いいえ。迷わないでしょうね」

「そうだろう。俺の考えを改めようとしてのこの行いならば、なんの効果もない」

「あの時、私はこう告げたわ。半分は嫌がらせ。神を嫌うその心理を——まあ失敗したみたいね」


 半分だと。と東城はじりじりと間合いを詰める。本気でフォルトナに一撃を食らわせようとしている。


「運命を司る神が、それをねじ曲げてのことよ。理由はある、あなたにして欲しいことがあるのよ」


 ちょうど何をすべきか迷っていたみたいだしね。絶世の美女の妖艶さと、少女らしい愛らしさがある。その微笑みを前に、東城は腕を振り上げた。


「ふっ」


 気合いとともに腕を降ろすも、フォルトナは幻影のように消えて、また元に戻った。


「聞いて頂戴。いっておくけど、これはあなただけの問題じゃないのよ」


 歯軋り。耳鳴り。鼓動。東城の五感は冴えきっていたが、自分の発する音のみがうるさい。

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