第六十五話 かさぶた

「あ、ハーベイ様!」


 目深にフードをかぶった男をそうと見抜いたのはジェネットだ。カイとは親友のような関係であり、しかし敵国の騎士だから、そういう格好をしてきた。


「もう、もっと早く来てくださったら、あの人を追い返せたのに」


 あんまり名前を呼ばないでくださいと苦笑する。見渡せば、戦場で見た顔がいくつかあった。


「隊長なんか別に有名じゃないんだからいいじゃん」


 同席した彼は、難しい顔でそれが事実だと認めた。しかし大っぴらにするわけにもいかない。


「何はともあれ、お久しぶりですね。ハーベイさん」

「事情はさっきカイから。お詫びというかお礼というか……なんとも申し訳ない」


 俺が行っていればこうはなっていないだろうと思う。良くも悪くもこの解決の仕方は無理だったはずだと、本音をこぼした。


「円滑にはできたでしょうが、山賊相手でも数がいれば騎士として人を集めなくてはなりませんから、東城さんでよかった」

「やっぱりハーベイ様は信じてくれています。みんな東城さんが山賊をやっつけたと言っても信じてくれないんですもん」

「俺は、まあ……武勇の一端を見ていますから」

「本当にそれは一端だったね。見ていた私だって信じらんなかったし」

「そちらはどうですか? 何かまた面倒が起きていたりは」


 順調だという。むしろ商人に顔がきくようになったことが追い風になるはずだが、ただ「うまく進んでいます」とだけに留めた。

 顔がきくのは東城たちである。それを使うのは横暴な気がした。


「そのうち信じる人も多くなりますよ。俺がそうであったように」

「ライネさんはすぐ信じたけどな」


 その名に、ハーベイは反応した。フードをかぶりなおし、周囲をうかがう。


「いるのですか」

「ええ。さっきどこかに行ってしまいましたが。一悶着はもう起きていますので、繰り返したりはしないはずです」

「起き……! 無事ではあるようですが、大丈夫でしたか? こういう場にそぐわないことはしないと思っていましたけど」

「あっちから来たんだから仕方ないよ。あ、うちらが物見にいってぶっ殺したのもばれてたな」

「終わったことだからそれはいい。恨みを買われていないかの方が大切だ」

「意外とあっさりした人でしたよ」


 東城ののんびりとした感想に、ジェネットが噛みつく。彼の手の甲をつねった。


「あっさりした人だったら、ここで剣を抜いたりしません」

「あはは、そうですね。訂正します」

(痛そうだなあ)

「皆さんはいつ頃に帰陣するおつもりですか? 俺は数日中にと考えておりますが」


 酔っているのか、あまり呂律が回っていない。

 ジェネットは隙を見て東城の酒を舐めようとするが、バンローディアのさりげない妨害にあい、その度に何もしていませんよというように飯を食っている。


「どうしましょうか。俺としては、お二人の気の向くままですが」

「いつでもいいけど」

「ハーベイ様のおかえりに合わせましょうか。これも護衛のお仕事です」

(あなたはされる側なのだけど)


 ハーベイは単身で乗り込んできている。無闇に人がいるとかえって注目されるためである。帰路に東城たちがいれば心強いので、明後日に離れることをカイに伝えた。


「……今は何も考えないことにする。飲もう古き友よ。食おう新しい友よ」


 名残惜しいというのが痛飲に現れている。嫌なことは酒で忘れたがるくせがあった。


「帰るだなんて言わずにさ、うちにきなよ。カイのところでもいい、これも縁だよ。用心棒が必要なことも多いし」


 クイサは引き止めたが、ジェネットにそのつもりはないらしい。騎士の助けとならなくてはならない、と自分に厳命しているようである。


「じゃあ寝なし草になったらおいでなさいな。そうでなくとも困ったことがあったら頼ってくれなきゃ許さないからね」


 まだ祝宴は終わっていないにも関わらず、別れを想像して涙まで流した。情にあつい人物であるし、カイに惚れたのも自然なことなのかもしれない。


(寝なし草、か)


 ジェネットたちはこの世界の人間で、俺だけがそうではない。事実が東城を少しだけ寂しくさせた。


(俺の帰るべきところはどこか)


 顔には出さないが、酒を飲む手が止まった。心地よいジェネットとの旅や人を斬ったことですらもいい経験として胸を暖めるのだが、根底にあるうざったいかさぶたのような事実がどうしても邪魔である。

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