第六十四話 いい勝負
「いいな、お前。なぜ騎士にならないんだ」
ライネが鋭く言い放つ。
「俺は護衛ですので」
「誰がそれを命じた。期間は。対象は。報酬は」
ジェネットたちは口を挟めずにいる。邪魔すればいつ白刃がその身を晒すかわからなかった。
「質問の意図がわかりません」
「騎士に、私の部下になれ」
にやけてはいるが、嘘ではなかった。じりじりと肌が焦げるような、泥のような粘りのある怖気が東城に絡みつく。
「お前が私たちにしたことをさせてやる。望むのならば、なんでもくれてやる。そこの妹、ではないのだろうが、彼女たちも一緒に来るといい。そのくらいの度量と地位がある。家族も養う。その上で給金も出す」
破格の条件である。俺がもし日本の北端まで転戦した直後であったらきっと飛びついただろうと思う。
ふいに、東城が微笑を浮かべた。
「俺がついては敗けるかもしれません」
「なぜだ。あれができる者がいれば、そう簡単に敗けはしない。むしろ勝つばかりだろう」
東城はろうろうと、しかしライネに聞こえるだけの音量で語る。
「すでに世は個人の武勇で成り上がれるものではなくなっています。十五代続いた幕府のその初代ですら、策を練り人を集めた。我々が行っているものは戦争です」
「個人の武勇で成り上がるんだ。お前にならできる」
「名声が欲しいわけではないのです。たしかに斬った。これまでにも、たくさん。一晩中、次の日も、またその次の日もやった。ですが、残ったものは人を斬れるこの腕だけです」
「宝だ。それが欲しい」
「差し上げることはできません」
頑なに拒む東城だが、ライネの瞳が微かに自分から離れたことを察知した。
「……敵がその宝を持っている。それでは国のためにならん。何がなんでももらい受けたい」
ライネの視線の先にはジェネットがいた。東城は深く深呼吸をし、右手で剣に触れた。
「京では、それをするものはみんな死んでいった」
「キョウが何かは知らないが、それとは一体どれのことを言っているんだ?」
「戯れるな。あの夜は斬られてやったが——」
自分の太ももに、小さな手が乗っている。ジェネットだ。
「……斬られてやったが、今日は祝いの席です、縁起が悪いでしょう。頭を冷やさなくてはなりませんね」
酒を飲み、あっという間に心の平静を取り戻した。
「ライネさんさ、東城は頑固だから、勧誘は難しいと思うよ」
バンローディアは手汗を服で拭っている。緊張のせいで酒も飯も味がせず、ひたすらにこの空気を耐えていた。それは主人も同じである。
「おいライネ、娘を助けてくれた恩人だぞ。妙なことはするんじゃない」
騎士は微笑む東城にまた殺気をぶつけたが、反応はない。諦めて肩をすくめた。
「頑固か。たしかにそうだ。祝いの席。その通りだ。頭を冷やす、これもまったく同意する。しかし」
ひゅうと風が唸った。その後に甲高い金属同士の衝撃音が鳴り響く。
居合のように抜刀されたライネの騎士剣が、東城の首の横まで伸びている。それを人外の速度で抜刀して受け止めた音だった。
注目を浴びると、ライネは客たちに恭しく一礼した。
「剣舞はいかがだったでしょうか。お目汚し失礼いたしました」
と始めっても終わってもいないそれの挨拶をし、拍手まで受けた。
「なんの真似だ」
「なァに、別れの挨拶だよ。しかしよく止めたな、尚更欲しくなった」
「……ライネさん、東城さんはものじゃありませんよ」
ジェネットが言う。しかしライネはたじろぎもせず、むしろ態度を悪化させた。
「我々は駒だよ。修羅場をいくら生き延びても、組織にいる以上は駒だ。だから護衛をしているのか? 過去に使い潰されでもしたのか?」
「東城さんが護衛をしているのは、私のためです。私が危なくなってもいいようにです」
「危ないことには近づかないで欲しいのですけどね。まあこういうお人です、あなたは立派な人だが、少し我が強いように思います。俺とは反りが合わないかもしれませんが、この方なら」
とジェネットを見たが、我の強さなら勝負になるかもしれないと、
「ともかく、お誘いの件、ありがたいことですがお断りいたします」
とうやむやにして頭を下げた。
「この方なら、なんですか?」
「えっと、筋の通った性格だということです」
「くふふ、歯切れが悪いなあ」
ライネは「呑気な連中だな」と酒を飲んだ。それで興奮も収まったらしく、あとは談笑したり客に挨拶をしたりと、敵同士であることを忘れたようである。
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