第六十三話 親戚の騎士
「街総出のお祭りだな」
カイとクイサの婚礼に集まった来賓たちの数は、辟易したバンローディアの言葉通りの多さである。
カイの父親も出席しているため挨拶に来る商人や貴族が後を絶たない。
「すごい人ですねえ。こんなにたくさんは初めて見ました」
(東京だ)
密度でいえばそれ以上だろうが、東城は自分の国に黙って軍配をあげた。
「東城、ジェネット、バン。紹介するよ」
とアレクラムの主人が何かにつけて親戚や客と対面させてくれた。地方領主や商家がほとんどだが、名前を覚え切れないほどである。
バンローディアが酒や飯を食う手を止めなくなって生返事をするようになり、辟易し出した頃、また主人が誰かを連れてきた。よほどはやく合わせたかったのか、雑踏の中にその人物を置き去りにして、手首だけを掴んでいる状態だった。
「彼女は俺の親戚でな。騎士をやっているんだ、これでも高名で、先の戦でも戦ったんだ」
「私は指揮をとっただけで前線には出ていないよ。それに敗けた。というか痛いから引っ張らないでくれ」
その顔を見た時、バンローディアの唇の端から酒が流れ落ちた。口が自然とあいている。
あ! と叫びそうになったジェネットの口を、バンローディアが塞いだ。しかしどちらの口もあいている。
「——ほう。商人には商人の縁があるか」
金色の髪が揺れる。座ったままの東城を見下ろし、対等にすべく自らもその対面に座った。
「こいつはライネ・メルガード。東城がいなかったら頼ろうとしていたんだが……ん?」
商人? と先ほどの言葉の違和感をたずねた。
「なんでもないさ。ただ、あの夜に行商から薬や包帯を買わなければ、もう少し被害が出ていただろう」
「腹芸は得意ではありません。それにここは祝いの場だ。そういうところで小細工をするのは好きではありません」
「よく言うよ。そうか、お前らは祈祷師か」
「あ、あはは……。酔いがさめた」
「知り合いだったのか?」
「少しお喋りをした程度さ。あの傷があればその証拠になっただろうに」
バンローディアのさるぐつわを外したジェネットは、その拳を机に叩きつけようとしたが、祝宴中である、振りかぶった拳をほどき、膝にのせた。
「深い傷でした」
恨みをこめたが、平然とかわされた。
「そうかな。どうだった?」
「ええ。深い傷でした」
「避けられたか?」
「わかりません。薄皮くらいはもっていかれたでしょうね」
「な、なんの話をしているんだ」
主人はただ事ではない気配を察しているが、当人たちは穏やかに会話を続けている。
「あえてきくが、やったのはお前だろう」
(どうこたえるべきか)
少し悩んだ。無意識に酒を飲み、しかし視線だけはそらさない。東城、とバンローディアに肘でつつかれても、気にならなかった。
「やったとは?」
とぼけることにした。どうこたえても揉めると思い、どうせなら最大限に揉めてやろうと思った。
「ふふっ、
絶句したのは主人である。だとすれば大罪であり、東城たちは敵国の間者だったことになる。しかし恩人でもあるし、それが容易であるということもわかっていた。
「ライネ、お前に山賊砦のあと始末を頼んだだろう」
「ああ、砦というか、あの剥き出しの墓所のことか。それが何か——」
気がつかなくてもいいことに気がついてしまった。東城と交わる視線に、無意識に殺気が絡みついた。
「あれはな、東城がやってくれたんだ。どういう手段かはわからないが、クイサが言うには」
「この男が全て片付けた。そう言ったかい?」
「ん、ああそうなんだ。東城もそう言うが、どうも……俺は何が本当のことなのかわからなくなってんだ」
笑い話で済ませようとした。実際、冗談の域である。だが、その冗談にライネの血が沸騰したかのように熱くなった。
「九郎。死体は三十二あったぞ」
「数え間違えましたね。二十いくつだと」
「一人につき一太刀か、多くても三度ほどだった」
「三度も同じ相手を斬りましたか。どうやら鈍ったようです」
血は熱いくせに背筋が凍るような、温和な男から発せられる狂気の行いにめまいがするようだった。
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