第十五話 神のご加護

 注意を受けても、バンローディアは騒がしかった。


「怒られちった。まあいいや、ジェネットの信仰は? そう、これがききたかったんだ」

「フォルトナ様です。騎士ではないので、アンヘル神ではないんですけど、それでもお役に立てたらと思いまして」

「運命を司る神だ。確か恩恵は、幸運と未知だったね」


 未知というのは、フォルトナが何を授けるかわからないという意味で、たとえば騎士たちの信仰するアンヘルであれば肉体を強化するとか、守りの力を授けるとか、何を与えてくれるのかはっきりしている。

 フォルトナにはそれがない。その場に適したものか、それとも見当違いなものか、それはこの女神の気分次第である。敬虔な信徒であれば望むものを与えられるが、未熟なものはそうではなく、祈祷師としての実力がそのまま加護として顕現される。

 フォルトナは神の中でもっとも気分屋である。そのため信者は日頃の祈りをご機嫌伺いのようにやや義務的にこなすようになりがちで、敬虔な信者や腕のある祈祷師は少ないとされている。


「もしかしてきみはアレかい、昨日今日に祈祷師になったくちかい」


 これは祈祷師にとって強烈な侮辱だとバンローディアも分かっているようで、すぐに「確認のためだ。悪いけど付き合ってくれ」とまず謝罪した。


「戦場に出るかもしれないんだ。そうなったら背中を預けたり、隣で並んで祈りを捧げたりすることになる。同じ祈祷師として、きみの信仰が確かなものかどうか見極めたいんだ」


 ジェネットは、一般的にフォルトナがどういう扱いを受けているのかを知らない。気まぐれであることは知っているが、それも個性の一つとして受け止め、むしろ彼女の父親にそういう性質が多少あることからより親身に感じている。


「し、信仰は目に見えるものありませんよ」


 バンローディアは祈りの文言を唱えた。簡易ながらアンヘルに祈りを捧げ、その腕を鋼のように硬くした。証拠として腕は淡く発光し、すぐに消えた。


「フォルトナ神にこれをやれって言っても無理だろうから、そうだな、このお茶、ちょっと冷めちゃってるから熱くしてくれ」

「むー、加護は見せ物ではありません」


 唇を尖らせて断るジェネットの仕草に、バンローディは喉で笑った。

 仕草にだけでなく、それは力のない祈祷師の常套句であり、しかしそれもまた正しい理屈ではある。


「このくらいお目溢し下さるよ」


 バンローディは祈祷師でありながら騎士である。戦場に立つことが決まっているため、この少女の実力を知りたかった。頼むよ、とジェネットに両手を合わせて拝んだ。


「でも、私、何かを受け取ったことなんかないですよ。いつもはお祈りをしてお喋りをして、それで終わりですもん」

「ま、ちょっとだけ頼むよ。ね、東城もさ、そう思うっしょ」

「ジェネットさんが嫌といえば、無理強いは良くないと思いますよ」

「そりゃあんたはそっちに味方するだろうさ。でも私だって大きな目で見れば仲間じゃん? この格好だから騎士っぽくないだろうけど、それでも騎士だ。後ろでお祈りする子がいまいちだったら、それだけで私らのピンチだもん。頼むよジェネット、祈祷師としてきみの力が見たいんだ。同業は数がいないもんでさ、いろいろ語り合いたいこともあるし、そのためには」

「わかりました! わかりましたから、そんなに接近しないでください!」


 バンローディは自分の語りの熱っぽさに気がつかず、いつの間にかジェネットに椅子を近づけ身を乗り出し、額同士が触れそうなほどに詰め寄っていた。


「あ、あはは。ごめんね悪いくせなんだ。さっきもいったけど、一直線なんだなあ私は。感覚派ってことだね、いやごめんごめん」


 頭をかきつつも、視線だけはジェネットから外さない。


「そいじゃあ、見せてくれ」


 ジェネットはこの熱心さに呆れ、そして目を閉じた。机の上で手を組み、東城の耳にタコができるほどにきいた文言を唱えた。

 バンローディアがおもむろにカップを取り、口元へ運んだ。これを熱してみろといっている。


(ジェネットさんは押しに弱いな)


 東城はこの祈祷師たちのやりとりを芝居見学のつもりで見ていた。しかし会話の途中でも平気でお茶を注ぎ足したり、ジェネットのカップに注いだりもした。


「うわ」


 珍しく、東城が声を上げて驚いた。お代わりをしてやや温い茶を口に入れようとした瞬間、紅茶の水面で煮立ったような泡が爆ぜたのだ。

 口笛を吹いて感嘆するバンローディに、ジェネットは心底からフォルトナに感謝した。

 それだけではない。ジェネットの両腕がきらきらと発光した。それはアンヘルの加護そっくりであり、本職のバンローディアもおもわずその腕を掴み、


「やられた。謝るよ、ジェネット。そしてフォルトナ神。あんたらはとびっきりだ」


 と、防御の力を認め、非を詫びた。

 発光は間も無く落ち着き、見た目よりもずっと芯のある腕をバンローディアは見つめ、すごいものを見たと感動にふけった。


「紛れもなく優秀な祈祷師だ。ごめんね、失礼なことばっかり言ったよね」

(やりすぎだよフォルトナ様)


 ジェネットはしおらしくなったバンローディをどう慰めていいかわからず、ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべるフォルトナの御姿がなんとなく見える気がした。


「バンさん、これでジェネットさんが優秀だとわかったのですから、それでいいじゃないですか。俺たちもバンローディアという人がどんな人物かを知ることができましたし、みんなが得をした」


 俺は火傷をしかけましたけどね。とそんな冗談で場を和ませようとしたが、ジェネットはごめんなさいと肩を竦ませただけだった。


「んー、まあ、それでいいか。じゃああんたは何者なのよ」


 ジェネットが「東城さんは」と素早く反応した。彼女はこの男の背景を説明する役目を担っていると自負している。東城には質疑応答と捕捉をしてくださいという圧力すらかかっているようである。


「え、死んじゃったの? そんで、え? わかんないなあ」

「不思議ですよね」


 説明もこなれている。そして不思議ですねと締めるのも決まりごとだった。


「まあフォルトナ神のやることだからなあ。あんまり考えすぎても仕方ないか。そうしたかったからそうしたって具合の、いってみれば適当かもしれないし」


 これをフォルトナを信仰する祈祷師の前で言うのだから傍若無人ではあるが、ジェネットも苦笑し、多少は共感した。


(そういえば、なんか言ってたな。半分は俺が嫌いだから、とかなんとか)


 こっちが嫌っているのだからその逆もそうだろうとおもっていたが、もう半分というのがわからない。嫌がらせ以外でここにきた理由に心当たりがまるでなかった。


「それでさ、どうだい?」

「何がですか?」


 バンローディはわざとらしく揉み手をした。


「飯だよ。ここで会ったのも何かの縁ってことでさ、私の分も作ってくんないかなあ」


 縁とか恩とか、そういう言葉に弱いのがジェネットである。いいですよと返事をした。


「ぃよし! ありがとジェネット、ありがと東城。そんじゃあ私は稽古があるから出てくるね。実は腹が痛いなんて嘘ついてサボってたんだ」


 じゃあねと勢いよく飛び出していくバンローディアに、二人は顔を見合わせた。


「祈祷師というのは、ジェネットさんのような方ばかりだと思ってました」


 私も、と言いかけたが、


「力持ちってことじゃないですよね」


 言い直すと東城は笑った。否定はしなかった。

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