第十四話 次女、現る
二日後、派遣される二十名ほどの部隊のなかに東城とジェネットの姿があった。
一等騎士が三名いる。彼らは騎馬での行軍で、あとは徒歩だ。二列になり、日の出から日の入りまでを延々と歩く。休憩は二時間に一度あった。
「東城さんは馬に乗れますか」
ジェネットの機嫌もすっかり良くなった。元から怒りが持続する性格ではなかったし、その原因も東城が従軍に反対したからであり、その本人がついてくるのだから文句はなかった。
「乗れますよ」
「私も乗れます」
「それはいいことです」
「でも、この二本の足で歩いています」
馬の数が足りないわけではなく、通例として認められた騎士以外の移動は徒歩である。
「後ろに乗せてもらいましょうか」
「いや、それは他の騎士様たちにわるいし」
山育ちの彼女だから体力があり、だからこそ行軍について行けるものの、騎士でも根をあげたくなるほどの強行である。わずかな休憩時間に睡眠を取るものもいた。
東城は汗をかくだけで、他に疲れた様子がない。
「地図でいうとまだ半分にも満たない。限界を迎える前に申し出たほうがいいですよ」
おぶりましょかときくと、結構ですと即答された。
「お父さんは村で一番体力があって力持ちなんです。私がこのくらいでへこたれていたら笑われちゃいますよ」
(やはり膂力は遺伝か)
出立の際、ファイが試しに剣を持たせてみると、小枝のように振り回していた。棍棒や槍も片手でクルクルと遊ばせて騎士たちの度肝を抜いた。
(ミドさんは、村に来る前は何をしていたのか)
それをきくには、彼女の母親についても触れなければならないだろう。おそらくは故人であり、そのために東城は躊躇っている。
「……では、もう少し頑張りましょう」
そのためジェネットの過去については触れられずにいる。
騎士たちは無言で進む。道が分かれるときや指示を出すとき、それか休憩の号令でしか会話をせず、それもひどく事務的だった。
(辛気臭いな)
東城は軍人のときも賑やかな行軍を好んだ。
行軍時は仕方ないにせよ、黙ったままでは団結は生まれず、さらに心が塞ぎ込む。そのために多少なりとも会話をせよ、と叱り飛ばしたくなった。
が、騎士にもジェネットにも言いたいことが言えないまま、進んだ距離だけは着々と増していき、出発から二週間ほどで到着した。
補給基地のひとつというような小規模な防衛しかなされていないが、人口は多く、千人はいた。町の名をオケトという。ここから前哨基地まではさらに馬で三日はかかった。
「前哨基地には軍の祈祷師がおりますので、出陣はそちらを優先します。あなた方はここにいてさえくれればいい」
ファイが応援として送った派遣部隊の隊長は名乗りもせず、無愛想にそう言った。ジェネットは従順にはいと頷いたが、東城はあらぬ方を見て無視をした。
「護衛のあなたも、その任だけを果たすことを望みます」
余計なことをするな。そう暗に言われている。東城は静かに言い返した。
「俺の任は、あなた方の行動の結果によって決まる。こちらこそ、もしもの際には騎士が果敢であることを望む」
俺がでしゃばらなくてもいいように、しっかりと仕事をしろ。という含みを持たせた。
少し喧嘩腰だった。道中の無機質さへの鬱憤が込められていた。
その隊長は鼻を鳴らし部隊を取りまとめに向かった。再編成ののち、相手の出方を伺うことになっている。
「どこか具合でも悪いんですか」
あてがわれたのは粗末な小屋だった。間数が四つで、ひとつは騎士団の祈祷師が使い、残りを東城たちに割り振られている。炊事場と談話室を組み合わせた小さな空間を共有物として使えた。
その談話室で、ジェネットはくつろぎながら、心配そうにきいた。
「健康ですよ」
「じゃあなんでさっきはあんなにつっけんどんだったんですか」
「ああ、その、雰囲気にのまれました。殺伐としているせいか、妙に気が立ってきまして」
一般人が騎士の統率にケチをつけてもかいがなかった。ましてやあの隊長の様子から意見が取り入れられるはずもなく、そんなふうに誤魔化した。
「もしかして、こう、がおーって感じになって、えいってやっつけちゃおう、みたいな?」
手をあちこちに振り回し、それを剣の振りを模したような動きで、実に愛らしい仕草である。
「どうでしょうか。まだ私に敵はいませんし、そういう気分を平常心にさせることが求められています。なので、さっきのは、反省しなければなりませんね」
自分を律することを彼は軍人としての心得として持っていたが、最近ではそれが守れなくなっている。少しの感情の昂りが露骨に動作に現れる。
それを誰かのせいにするならばジェネットさんだろうとおもいつつ、他人のせいにするとは何事か、と自分を戒めたりもしている。
「それより、あそこの部屋、誰かいるのでしょうか。挨拶くらいはしておきたいのですが」
「そうですね。じゃあ早速」
ジェネットが扉に近づくと急に誰かが飛び出してきた。青い目の女である。
「あ、ごめん。誰かいるとは思わなくて」
ジェネットの鼻先にドアのへりがかすっていた。呆然と立ち尽くしている彼女に、その碧眼の女がゆるい声音で語りかける。
「祈祷師かい? 悪いけど急いでてさ、またね」
青くくすむ長髪をなびかせ、おざなりに手を振って風のように外へ出ていった。「な、何あの人」
「祈祷師でしょう」
「それはわかってますけど」
「そのうち戻ってくるでしょう。それよりジェネットさん、お茶にしましょう。水を汲んで参ります」
「あ、私も行きます。町も見学したいし」
露天が多い。道の両側にすし詰めになって木組みの屋台が並び、色とりどりの屋根で個性を出している。商人たちは道の真ん中まで出向き商売をし、これは何かと入りようになる戦さのおかげでもあり、普段はこの半分も出店していないだろう、と賑わいがむしろ寂しさとして東城の心にうつった。
井戸は町の中央と、西側、そして東にある。一番近い東の井戸に向かった。瓶はジェネットが持った。
「前々から思っていましたが、ジェネットさんは男なんかよりもずっと力がありますね」
ジェネットは不思議そうに東城を見つめ、そして自分の持つ瓶に目を落とした。ふちのいっぱいにまで水が張っている。
「東城さん、これ持ってみます?」
ひょいと渡されると、鍛えに鍛えた軍人がなんとかかつげるという重さであり、その足取りの
「ご、ご覧の通りで」
「……私って力持ちだったんですね」
華奢なその体躯のどこにそんな力があるのかはまったくわからない。「祈祷師とはみなそうなのですか?」ときいても、ジェネットに祈祷師の知り合いはいなかった。
「同室のあの人にきいてみましょうか」
部屋に戻ると、東城が茶を煎れた。この世界ではどこで飲む茶も紅茶に似た味がした。
軍人である頃、彼には副官がいたが、自分の身の回りのことは全て自分でやっていた。副官が昼寝をしていても文句も言わず、部屋の掃除やその眠っている副官の仕事も黙ってやった。どの部下がやったことでも結局は自分が判断することだからという妙な合理主義からそうしていた。
騎士たちの訓練の声がきこえてくる中でも二人は村でするように休息をし、だらけた時間を過ごしていると、祈祷師の女が肩を怒らせて戻ってきた。
「きいてくれよ、飯は自分で作れってさ! 野菜とかパンとか配給するからそれでやりくりしろって言うんだ。バカヤロ、こっちは自炊なんかできねえっての」
捲し立てながら席につき、もらうねと東城の茶を飲み干した。
「あー、本当やんなっちゃうね。あんたら料理できる? 私の分も作ってくれないかな。お願いだから断らないで、素材をそのまま食うなんてしたくないもの」
一息つくと急にじろじろと二人を観察した。
「田舎から出てきたのかな? きみは祈祷師ってわかるけど、あんたは兄さんかい? 珍しい格好だね」
ジェネットはこの女の会話速度についていけず、呆気にとられたままでいる。話題があちこちに飛びすぎてついていけず、とにかく自己紹介をした。
「あの、私はジェネットっていいます」
「やばい、忘れてたね。そうだそうだ名乗ってなかった。ごめんね、ついかあっとなっちゃうんだ」
東城は微笑したまま無言である。ついていけないのではなく、好きに喋らせれば勝手に話をふってくるだろうと焦りもなかった。
「グラシア騎士団の二等騎士、でもって祈祷師のバンローディアだ。バンって呼んでくれ」
そっちの兄さんは? と東城の予想通りである。
「東城です。ジェネットさんの護衛として従軍させてもらっています」
「護衛? 祈祷師が足りないってのに護衛かい。それもこれも神に祈る連中の少ないのが悪いんだ。だからこういう時にあたふた国中からかき集めなくちゃならなくなるんだ」
馬鹿だよねえ、とため息まじりに笑った。東城らが出会った騎士の中で、最もくだけた人物である。その騎士らしからぬ柔和さは、ジェネットに心地よさを与えた。ファイとは正反対だが、同様の安らかさがあった。
「バンさんって、二番目のお姉さんって感じですね」
ジェネットがそんなことを言った。
「どゆこと?」
「ほら、一番上はしっかり者で、末っ子は甘えんぼうで、真ん中はこう、なんといいますか」
バンローディアはその表現が気に入ったのか、立ち上がってジェネットの頭を撫でた。
「いいこと言うね。奔放ってことでしょ? いいじゃないか、素敵だ、気に入った。次に自分を紹介する時にはこう言うね。次女のバンローディアですって。相手は訳がわからないだろうけど、そこがまたおもしろいじゃないか」
大声で笑った。もう少しお静かにと騎士が苦笑して注意に来るほどだった。
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