第十九話 六人
「ん? そうだよ。私に敵情視察なんてできっこないよ、剣術だってお芝居みたいなへっぴり腰だもん」
「というか、急に立ち止まったら危ないですよ」
名乗れ、と東城が吠えた。木々で羽を休める鳥たちが一斉に空へと羽ばたき、
「俺は東城九郎という。こちらの女二人での森歩きの護衛をしておる。貴様らはなんのようでさっきからジロジロと見物をしているのか、そのわけを言え」
護衛でも軍人でもなく、やはりひとりの侍である。その剣幕はとても野鳥観察どころではなく、これから真剣勝負に臨む武人そのものだった。
「出てこぬならば、最後まで手出しはするな。俺たちは帰る。見送りはいらん」
「どこに帰るというのだ」
東城の前方数メートルの位置である。木の陰から軽装の男が姿を現した。
「ここはアガレスティア帝国領、もしお前たちが他国のものであるのなら、そう簡単に見逃すわけにはいかん」
それに続いてあちこちから同じ衣装の男どもが草むらや樹上、さらには風から出現したとしか思えぬほどに鮮やかに登場し、一同を囲んだ。
「囲んで
会津訛りできくが、その強烈な敵意は相手に抜刀の許可を与えただけである。背後でジェネットが悲鳴を上げ、バンローディアにしがみついた。
(六人か。逃げられるかどうか)
自分だけならばどうにでもできただろうが、東城の肩には鳥が二羽いる。とても逃げることはできなかった。
「山菜採りなどという嘘はいらん。何をしにきた」
東城は妹スズメの肩に優しく手をおいた。
「目を瞑っていてもらえると、俺は嬉しい」
「え?」
軍靴が地を蹴った。白刃に向かって飛び込んでいき、ぱっと剣を抜き、そのままひとりを切り倒してしまった。
あまりにも堂々としていて、しかもこの風貌の柔らかな男がそんな暴挙に出るとは誰もおもわなかった。勇ましいだけの田舎者というのが相手の印象であった。
「貴様ァ」
事態に飲み込まれる寸前に正気に戻った男が東城目掛け猛進するも、鮮やかなまでにその手首を落とされ、そして脇腹をほとんどへそまで断裂された。
「見るな」
バンローディアがジェネットの目を隠した。そのわずかな隙間から、彼女は見た。
(あれが、東城さん)
もし目を覆われず完全なままで見れば、幼い記憶の重要な一部分を真っ赤に染め上げられていただろう。
東城は切った相手の血をかぶり、軍服の肩から胸までがまだらに染まっている。さらに戦い方も鮮烈である。手首や指、足先などを狙ったりして戦意を奪うやり方をしたかとおもえば、首や目などに突きを入れ、剣を真横に滑らせて切り裂くというような、致命の一撃も駆使する。
最後のひとりになるまで、二十秒ほどだった。東城は一睨みするだけでその男のすべての気力を奪い、剣を捨てさせた。
「て、帝国のものだ。ここにはウエクの様子を見るために来た」
命だけは許してくれと懇願した。失禁までしていた。
「東城、やめろ。もういいだろ」
バンローディがやっとのことでそう言うと、剣を収めた。男は泣きながら礼を言い、死体を置き去りにして走り去っていく。
「……ここが京だと勘違いしたのは俺の方でしたね」
もういいですよとジェネットの方に手を差し向け、その掌に目を落とした。ズボンで擦っても血は落ちない。バンローディアに向けた微笑みは、泣いているかのように寂しげだった。
「バンさん、ジェネットさんをよろしく頼みます。道中は、俺が先を行きますので」
木漏れ日はその顔を照らさずに、その体とそこらに転がる死体だけを神々しく光り輝かせた。
「行こうジェネット。まずは帰らなきゃ」
バンローディアはその周囲の光景が過ぎ去ってから、そっと目隠しをとった。ジェネットは歩いている途中、何度も東城にしがみつき声をかけようとしたが、その背中があまりにも哀愁を背負っていて、その度にバンローディアと手を繋ぎ直した。
無事に帰還したバンローディアたちだが、その雰囲気の奇妙さに、ハーベイは事情もきけなかった。
「あ、あはは。夜にでも私から報告しますよ。なのでここはひとつ、そっとしておいてくださいよ」
この奔放な女が気を回すほどかと、何があったのか余計に気になったが、萎れた東城と俯くジェネットに、誰も声をかけられなかった。
しかしどんなに気まずかろうと、同じ家に帰ることになる。習慣的にジェネットと一緒に水を汲みにいったが、その時も無言である。
「あー、ちょっと疲れたから早めに休もうかな。おっと夜になったら報告に行かないといけないな、隊舎の仮眠室を使わせてもらうことにしよう。晩飯はあっちで食うからさ、そんじゃあまた明日」
バンローディはとてもいられなくなって逃げ出した。残されたのは、重苦しい空気だけである。
(お茶の味がしない。水というより、油みたい)
ジェネットは胸に沈む暗雲を飲み込めずに、何度かおかわりをしたが水では洗い流せもしない。
お茶を済ませると、いつもなら散歩に出かける。が、どちらも切り出さないから座ったまま数時間ほどを過ごした。お茶が冷えるとジェネットが火にかけ、夕食の時間になるとこれもジェネットが用意した。
「あなたからでは、それは卑怯ですな」
東城がパンを食いながら軽く会釈をした。どうやら今までの沈黙は思案のためだったらしく、
「やはり何度考えても、俺がよくない」
食事の手を止めないのは、改まるとジェネットが萎縮するのではないかとおもったからで、その顔にも厳しさがまるっきりなかった。
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