第四十八話 真剣

「どうすんだよこの状況。俺らたった四人なのに、その十倍以上で探してるぞ」

「静かに」


 物陰でカイの口を塞いだ東城は、どこか楽しんでいるような雰囲気がある。広角の緩みに、暗闇ながらもジェネットは気がついた。


「なんで笑ってるんですか。そんな場合じゃないですよう」


 東城は微笑み失礼しましたとカイを自由にした。路地に入り、車座になって密着して相談した。


「どうしましょうか」

「俺が撒いた種だけど、お前らが実をつけたな」

「うるさいよ。次に何をするかが重要だろ。今んところ、次も何もないけどさ」

「斬るのはまずいでしょうね」

「当たり前ですよ。東城さんも途中まではよかったのに」

「あの様子だと、お互いに奪われたと思っていたのでしょうね。こじれたものを解き、クイサさんの行方探しに協力しあいましょう」

「そうは言うけどさあ」


 何がなんでも探し出してやろうと衛兵たちの怒声にも殺気がある。とりあえずはとこそこそ移動しつつ、夜のうちに街を離れようかとジェネットが提案した。


「悪いがそれはできない。俺はクイサに会わなくちゃ」


 カイはお前たちだけでも逃げろと言う。できませんと声を張り上げたジェネットを、東城は思わずその身を抱くようにして声を潜めさせた。


「静かにお願いしますよ」

「騒ぐだけの体力はあるみたいだが、夜通し逃げ続けることは難しいぞ。少なくとも俺は無理だ」


 東城には、死んだ友人を担いだまま山を超えた経験があった。俺が背負って逃げますよと言うこともできたが、それでは祈祷師たちにもしものことがあったら対応ができないため、


「もう一度、会話の席を設けたいですね」


 悠長だとはわかっていたが、自分一人だけが生還すればいい状況でもない、物陰を渡り歩きながら、徐々に民家にも騒がしさに明かりがともり始めている中で、どうするのかを早急に決めなくてはならなかった。


 おしまいだ、とカイの顔に書いてある。それが口に出た。


「ペンダントも無くした。もう一度クイサに会いたかったが、それももう叶わないだろうな」

「勝手に諦めんなよ。こちとら結婚式の祝いだって聞かされてきてんだ。こんなことになるなんて思ってなかったのは一緒だ」


 逃げるのならば早いほうがいい。しかし街の正門にはすでにアレクラム家中のものが事情を説明し出入りを制限していた。


「そういえば、さっきはなんで嬉しそうだったんですか?」


 ジェネットは素直にきいてみた。はっきり答えるかどうかは期待しておらず、切羽詰まった現状をごまかすためである。


「憂さが溜まっているので、それが発散できるかと思いまして」


 カイと初めて対面した時の彼の言動や、問答無用の主人の態度、それにジェネットの悲鳴によって気が立っている。もとから誰かしらと戦闘になるつもりだったし、さらにこの逃走である。

 彼は過去に嫌というほど逃げてきた。逃げたとは思っていないが、敗走を繰り返していたため逃げたと評されていた。

 追われていないから逃げてはいないと東城は思うが、軍人になるとあれは紛れもなく撤退行動であると認めている。

 追われなかったのは、列の最後尾で東城がやかましく騒ぎ立て白刃を浴びせ続けたためである。


「憂さ、ですか」


 東城のむき出しの感情にあてられて、衛兵の存在が霞んだ。


「はい。昔はこんなことがなかったのですが、どうも、あはは」


 寄らば斬るを体現していた彼であるから、たいてい血で憂さ晴らしをした。それができる状勢と町と組織があった。


「あははじゃないですよ。もっと真剣になってくださいね」

「真剣。もっともな話です」


 この意味がわかるだろうか。わからせていけないなとサーベルの柄を握り戒めたが、その指先の疼きは収まらなかった。

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