第七十六話 誰?
「それでね、東城さんがね」
バンローディアが起き出してから夕食となった。料理は卓上に乗り切らないほどの量である。
(こんなに飯食ってんのに、それにしては小柄だ)
横目で見ると、東城もそれなりに食事を進めているのだが、ジェネットたち親子はその倍くらいの速度と量である。しかも食べ方には気品と優雅さがあった。
ジェネットは東城の活躍を話し続けているが、ミドはそれら全てに頷きながらも、どこか話ではなく娘に集中しているようでもある。
「じゃあ騎士の方々にご助力できたわけだ。俺も鼻が高いよ」
「バンさんと東城さんのおかげだよ」
「俺は護衛ですから」
「祈祷師だからね」
ジェネットにもミドにも一切邪念がなく、手放しで褒める。東城は慣れているが、バンローディアは少し照れた。性格も継いでいるのだと実感し、なおさらこの一家が好きになった。
「危ない目にあったみたいだけど、体は平気かい」
(こんだけ食ってんだから問題なんかねえだろうな)
皿が空くと、親子のどちらかが継ぎ足す。新しく料理を作ったりもするし、酒や保存のきくものなら倉庫から持ってきたりと、それなりに忙しい。
「元気だよ。健康すぎるくらい」
ジェネットが動かなくてはその護衛も姉も立ち止まってしまう。今まではそうだった。
今回のこの帰省で、東城の旅に付き合うという新たな旅について伝えなくてはならない。
「ジェネットがいなくちゃ足踏みするような旅だったね。親父さんはもう少しここで足踏みをしていて欲しいだろうけどさ」
「どういうことだい?」
「実は、今度は俺の都合で旅をしようと考えています」
ジェネットは肩を縮めて煮魚を食っている。ファイとの別れと同じように、その話は今じゃなくても、と素っ気なさで言外に示した。
「ああ、そういうことか。いいんじゃないか? 好きなところに旅をするってのは貴重な体験になるさ」
でも。とミドは東城に酒をついでやった。
「旅程は明日に考えなよ」
家族の団らんに俺がいてもと及び腰になると想像したりもしたが、杞憂だった。そもそも居候の東城はいつだってその輪の中にいたし、バンローディアもあっという間に打ち解けた。ジェネットの父親だからとなんの心配もしておらず、実際に問題は起きなかた。
夜が深まると、ジェネットは掃除から皿洗いまでを見事に済ませ、バンローディアに寝室を与えた。
机の上にだけ、いくつかの料理と酒が残っている。男どもは適当に飲み食いをしていなさいということらしい。
「片付けはお願いしますね。おやすみなさい」
眠い時は寝る。再会の日でも彼女は変わらなかった。
「迷惑じゃなかったかい?」
男二人になった。短いが東城への思いやりに溢れた言葉である。赤ら顔を酒に向けながら、返事を待った。
「滅相もない。こういってはなんですが、楽しかった。あれほど愉快な日々を送れるとは思いませんでした」
「それならいいんだが、あの子は臆病なくせに図太い。わがままも言う。もちろん相手を選ぶから、お前とお姉さんには苦労をかけただろう」
「否定はしませんが、振り回されるのも悪くありません」
何度目かの乾杯で、ミドは相当に酔った。
「俺もシーラには振り回されたが、いい思い出だ」
それだけ言ってぱたりと寝た。
片付けを一人でしなければならないが、苦ではなかった。
(シーラ? 誰だろう)
初めてきく名前である。ミドの交友関係を把握しているわけではないが、その中で空欄になっている人物に思い至った。
(奥方の名前か)
ジェネットと東城と再会し、しかも姉と慕う友人まで連れてきた。よほど晴々とした心地だったのだろう、遠い記憶がこぼれ出るほど快酔していた。
(きこう聞こうと思っていたが)
ジェネットに母親のことを尋ねるには斬り合いをするよりずっと勇気が必要だったし、ミドにもその糸口はつかめなかった。
昨晩のシーラという人は誰ですか。
そんな台本まで考えたりしたが、果たして本当に俺にできるのかと自問した。こたえは出ない。ミドを寝室に運ぶと、小さなアクセサリーがいくつか机の上に置かれている。
やはりきけない。きいてしまえ。旅の疲れをいやすよりも好奇心を宥めるのにいっぱいになった夜だった。
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