第八十三話 説法と不機嫌

 意を決して教会のドアを開いた。


「あ! 東城さん!」


 と、普段なら駆け寄ってくるはずのジェネットだが、澄まし顔で他の信者と世間話をしている。

 バンローディアの姿はなく、何事かと少し慌てた。


「あの、歓談中のところ申し訳ないのですが」


 教会は玄関から地続きで礼拝堂になっている。天井が高く、地面には長椅子が十以上あり、一段高いところに教壇のような場所がある。そこで説法をするのだろう、信者は各々祈り、邪魔にならない部屋の端でジェネットたちはいる。


(ああ、祈りの妨げにならないようにか)


 バタバタと走って大声で呼びかけることが多かったのは、それをしてもいい環境かどうかの分別がジェネットについていたというだけのことである。


「はい。何かございましたか?」


 少し背の高い女である。不似合いな革の鎧を纏い、それを隠すようにコートを羽織っている。


「いえ、こちらの方にお話しがありまして」

「エマさん、この方が先ほどお話をした東城さんです」

「そうでしたか。はじめまして、エマと申します」


 丁寧すぎるほどに丁寧である。ここでは皆の祈りの邪魔になるからと、奥の応接間に案内をされた。すでに腰を落ち着けているバンローディアがいた。


「バンさん、お待たせしました」

「思ってたより早かったね」

(さっそくの単独行動じゃないか)

「宿は見つかった?」

「え、ええ。問題なく」


 ジェネットの様子がどこか妙である。礼儀を守れと強制されているかのような、いつになく笑顔を絶やさず、そして優雅を厳守していた。


(何を気取っているのか)

「まずは当教会においでいただきありがとうございます」


 エマは若いが教会の運営管理を任されているらしく、こうした応接もその務めの一つだという。


「祈祷師の方の巡礼は珍しくありませんが、戦場体験をしたことがある人はあまりいません。ですので、さっきご相談させていただいたのですが」

「あ、東城にもわかりやすく頼むよ」


 失礼しました。とたいしたことでもないのにエマは深々と頭を下げた。


「信者の皆様と説法などをしていただけたらなと」


 ふざけるな。と一蹴したい東城である。

 そもそも巡礼といっても各地の教会を巡り、その建物の壮麗さを愛でるとか、信者たちと交流するとか、その程度のものである。

 祈祷師だから時にはこうして頼られることもあるだろうが、東城がそれを忌避していることをジェネットたちはわかっている。


「お連れの方々に相談したいとおっしゃっていましたので、お応えはすぐでなくとも構いません。宿はお決まりとのことですが、狭いところではありますがもしよろしければここをお使いになってください」


 ジェネットとは今後も行動を共にしていくだろう。もし説法を行えば、常に嫌な思いが胸をくまらせるはずだ。


 ああ、この人は神がどうとか説いたなのだ。


 散々に説かれているくせに、大人数の前でそれをされれば彼女が何かするたびにそう思ってしまうだろう。想像が容易にできてしまう自分に吐き気がする。


(当たり障りのないことを少ししゃべればいいんだろうけど、まいったね)


 東城は自分の太ももを軽くさすったり、首元をかいたり、落ち着きがなくなっている。顔から苛立ちを消しているかわりに、体にそれがあらわれていて、バンローディアはそれを目端でとらえている。


「私には、難しいと思います」

(お? てっきり乗り気だとばかり)


 バンローディアはまた揉めるだろうと予感していたが、ジェネットはやんわりと断った。


「まだ幼いこの身です。祈祷師としても勉強中ですし、説得力に欠けるでしょう」


 ちゃんとわかってはいるんだな。とその自己分析に苦笑する東城である。


「……そうですか。わかりました。無理を言ってすいません」


 エマは了承した。根が真面目なのか、


「あ、説法はしなくても構いませんので、教会は気を使わずにご利用ください。遠慮なさらずに、お好きなように祈りにいらしてくださいね。夜でも人はいますので」


 と、気を回しすぎなくらいである。


「ありがとうございます。お言葉に甘えて少しお祈りさせてもらいますね」


 なんか様子が変じゃねえか? 無言の問いかけがバンローディアから飛んできた。苦笑いでうなずくしかなかった。

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