第八十二話 安宿の世間話
「ここがビトーの街ですか」
近辺で最も大きいフォルトナ神を祀る教会があると聞いていたが、その賑わいはウエクや砦よりも劣る。よくいえば静かで暮らしやすい街である。
「俺は宿を探しますので、お先に教会へ向かっていてください」
「馬屋があるところにして。それと安いところな」
その条件だけでも数は絞られる。しかし、このバンローディアの注文に笑顔でうなずいた。東城は教会に行きたくないので、時間が稼げる。
「ジェネット、行こうぜ。多分そのへんの人に聞けばわかるっしょ」
「はい。東城さん、よろしくお願いしますね。教会に集合ですから」
(見透かされたか)
そんな意図はないのだが、渋々返事をした。どうして俺が教会に、しかも誰かに道をきかなければならないような初めての土地で、と不満を胸に抱えたまま宿を探した。
馬屋がある宿は数件しかなかった。そこで一番安いところを選んだ。
「もし」
とドアを開けた。玄関先の広間はレストランも兼ねていたが、客の人相が悪い。誰が見てもスネに傷がありそうな連中が五、六人たむろしている。
「店主はどなたか」
「……俺だ」
ゴロつきの中でも顔に傷を持つ男が席を立った。盗賊の親分のような風格で、体も大きいためにそれだけで損をしていそうである。
「三人だ。日払いで、馬屋を貸してくれ」
「飯は」
「わからん。相談せねばならん」
「……じゃあ、してからこい。部屋は一応空けておく」
(悪い男じゃなさそうだな)
自分に人を見る目があると思っている、ということもあるが、何があっても斬ればいいと、あまり相手の人格には拘らなかった。ジェネットもいないため、思考が乱暴である。
「金はないから水をくれ。少し時間を潰したいんだ」
東城の方がチンピラのようである。舌打ちの後で水が出された。
「あんた、本当に客か?」
「うん。この後で教会に行くんだが」
「ああ、フォルトナ様の」
こいつも信者か。と東城の眉間にシワがよった。
「いや、俺じゃない。同行しているのが、そうなんだ」
「ふうん。おいお前ら、部屋ァ掃除してこい」
指示を出すとゾロゾロと移動した。やはり盗賊のようである。
「俺もあそこにゃ毎日通ってる。この街の連中は、まあ半分くらいはそうだ」
(胸糞悪い街だ)
「その刺繍、隠すことはねえだろう、あんたもそうなんじゃねえのか」
ジェネットからもらった服を着ている。その胸元にはたしかに好意で入れられたフォルトナを模したレリーフがある。見るたびに嫌な思いをするので最近はずっと目を逸らして着替えていたため、
「……これは頂いたものだ」
と言い訳をした。
「あんたの連れは敬虔な信者だな」
「ん、うん。いい人だよ」
歯切れが悪いのは信者について触れたくなかったためである。その手の話を徹底的に嫌っている。それはフォルトナに脅されてからより顕著になった。
「教会に行くなら、早く行け」
嫌だといえばせっかく見つけた宿の主人の機嫌を損ねるかもしれない。ゆっくり腰をあげ、またおろし、水をもういっぱい頼んでから向かった。
静かながらも通りはそれなりに活気がある。物売りの声はどこか上品であり、客もあの宿の店員に比べれば真人間しかいないというような雰囲気である。
「教会はどこにあるのでしょう」
誰に聞いても親切に教えてくれた。あそこはいい教会だから気にいるわと妙な勧誘まがいなことも言われた。その度に無愛想になる顔を必死に取り繕った。
白い石造りの教会がそれである。他の建物に比べて少し背が高い。庭では花壇を、通りに面した道の反対側では掃除をする祈祷師、そして壮麗な歌声が聞こえてくる。
東城の腕には鳥肌が立っている。ここに踏み入るのだと思うだけで気が滅入る。
(京ではどこにでも踏み込んだが)
武者震いではなく嫌悪と憎悪が肌を粟立てている。あの中にジェネットたちがいて、それを救うためだと自分に言い聞かせなくては、体と心を制御できなかった。
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