第百二十一話 創造

「邪魔するぜ」


 藤枝は酒場のドアを蹴り破った。見た目とは裏腹な乱暴さだが、東城にはそれが自分と相手の立場を決めつけるための作戦にもみえた。


「な、なんだテメエら! ガキが三匹のくせにふざけた真似しやがって!」


 一瞬の火がつくあたり、彼らには日頃の憂さが相当に溜まっているのだろう。カウンターの奥にひっそりとたたずむフォルトナの聖印が鈍く輝いている。


「俺はガキって歳じゃないぞ」


 東城が一歩前に出た。シーカと藤枝を庇うような立ち位置である。


「みな落ち着いてくれ。お前らが悪事を働いたときいたが、それは本当か」


 あくまでも逮捕、ということを念頭に置き、東城は藤枝たちに見せている自分がどういう人物なのかを考え、それにもとづいて行動している。


 喧嘩は弱いが器の大きい人物。だいたいそんなところだろうと、この前に出て場を収めようとする行為もそのひとつである。


「ああ? てめえが保護者か? どいてろ、ガキみてえな面しやがって。弟にどんな教育してやがんだ」

「おいおっさん。別に兄弟じゃねえ。それにこの人は三十歳だぞ」

「……マジ?」

「うん」

「俺のことはいいだろう。まあ座ってくれ、腰を据えて話をしようじゃないか」

(なんでこんな人が剣を持っているんだろう)


 先陣きって仲間を守ろうとするくせに、剣を持っているのにもかかわらず抜こうとしない。

 話し合いをするのであれば武器は相手の態度を硬化させるおそれもある。ちぐはぐではあるが、シーカは首を傾げながらも、怪我人が出ないのであればと東城の言う通りに椅子に腰をおろした。


「お前らさ、賊扱いされてるけどなんかしたのか?」


 藤枝がそうきいた。


 彼らは日雇いで働きそのひぐらしで、この集団のひとりが営む酒場にたむろしているという。悪事については一切の心当たりはないらしく、


「お前がドアを壊したことよりひでえことなんか、誰もしちゃいねえ」


 と、冗談でもないような剣幕で藤枝を詰った。


「壊したのは……ごめん。だってお前らが悪人だと思って乗り込んできてるからさ」

「悪人? この街の悪人はお前らンところのレントだろ。薄暗がりで死んでる奴の半分はあいつの仕業だってみんな言ってるよ」

「……侮辱はそれで最後にしろ。ドアの借りがあるが、これでチャラだ」


 部屋中に満ちる藤枝の殺気に、チンピラたちは息を飲む。「もし、お前らが何もしていないとなると」


 とシーカに向けられた藤枝の瞳はすでに穏やかなものに変わっている。


「はい。情報が間違っていた可能性もあります。聞くだけ聞いてそのまま乗り込んだ我々にも非がありますが、今までこんなことはなかったんですけどね」

(ただのしくじりか。それとも)


 裏切りがあるのか。もしそうであれば都合がよかった。疑心暗鬼にさせるだけでも藤枝殺しの役に立つかもしれない。


「もっと丁寧に調べてからでもいいだろう。邪魔したな」


 東城が帰ろうとすると、藤枝とシーカも席を立った。


「この偶然に感謝しろよ」


 藤枝は壊れたドアの蝶番に手を添えた。金属の部品が瞬く間に修復され、倒れたドアを軽く蹴り、


「設置するくらいならできるだろ? 日曜大工の延長だ」


 と、スタスタ帰っていってしまう。それを追いつつ、今の力はなんだとシーカに尋ねると、返答も曖昧である。


「えっと、物体を創造することができるそうです。元いた世界の魔法だそうですが、詳しい話を聞いてもよくわかりませんでした」

「シーカにわからんのなら、俺にもわからないだろうな」


 その場は冗談で流したが、胸に暗雲が立ち込める。すなわち、あれができるやつを殺すのか、と。

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