第七十三話 ご苦労さまでした
「実はファイさんにお話がありまして」
東城が切り出した。ジェネットもファイも、いつもなら本題へと切り替えたがるバンローディアでさえ長々と雑談をしている。報告を終えてからも、道中や砦での生活についての話に華を咲かせていた。
見かねた東城は話の切れ目にそっと滑り込んだ。
「話? ええ、あなたの話ならなんでも聞かせてほしい」
ファイは輝くような笑顔である。ジェネットはそれに憧れているような瞳でいたが、
「……む」
とそれを険しくして東城を睨んだ。
祈祷師として騎士を助けてほしいという依頼をファイから受けている。それを辞めたいと言えばファイとの関係が立ちきれそうな気もする。この雑談を続けたがっているのはそのせいもあるかもしれない。
東城はそれを無視した。冷や汗が額ににじんだが、それも無視した。
「チェインという、その、なんといいますか」
「ああ、チェイン神。それがどうかしましたか」
(神様のお名前も言えないのに)
「そのチェインの信者に、私と同じ出自のものがいると……その、夢を見たのです」
ファイは顎に手を当てて考え込み、
「お告げ?」
と確かめた。頷きたくない東城は「どうでしょう。ともかくそんな夢を見まして」と無理やり続けた。
「その人物に会いたいと思います。お互い根なし草ですし、どういった生活を送っているのか気になりますので」
「なるほど。しかしチェイン神は一般的にフォルトナ神とは友好的ではないとされていますが、大丈夫ですか」
当然この娘たちもついていくものだとしてそれを案じた。
「また俺が護衛をしようかと思っています。それで、あの、俺が行くにあたり、彼女たちのことでご相談があるのです」
「相談。はい、どういったものでしょう」
「私たちもついてっていいのかってこと」
バンローディアが端的にこたえた。聞くまでもないことであるのはすでにわかっているが、東城とジェネットのためだった。
「それはもちろん。それに私が駄目だといっても、お前は気にしないだろう」
「……ファイさんの言うことならきくと思うぜ」
「よろしいのですか? 祈祷師が足りないとは常々聞かされておりますが」
「補充が間に合ったと手紙を出し終えたばかりですので、入れ違いになりましたね。お役御免でさようならでは寂しいし、何より礼儀がなっていない。なので近々こちらから任を解くよう向かおうとしていたのです」
お役目ご苦労様でした。そう言って頭を下げた。
「しかし、一度ご自宅に戻られたほうがいい」
「お、いいね。私もお邪魔しちゃおう。ジェネットの家ってどんな感じ? ここから遠いの?」
ジェネットは解任されたことについて、どこか不安そうである。バンローディアの質問も聞こえないようだった。
「私は、結局は治療しかしていません」
魔法による身体強化や、攻撃を求められるのも祈祷師である。今回はそれを使わなくてもいいほどの小規模な戦さというだけのことだが、彼女は自分のしたことがよくわかっていない。
ファイは「それが最も大切なことです」と言う。
「痛みや死の影響というのは凄まじい。バンと東城さんはわかっています。その苦痛と無念を。あなたはそれらからみんなを救った。治療しか、なんて仰らないでください。私はそれこそを求めていたのです。あなたは十分以上にお役目を果たしてくれました」
その上偵察に、結婚式。尋常ではない勲功です。と晴れやかに卓上に手を伸ばし、ジェネットへ差し出した。
「握手を。綺麗事で誤魔化すつもりではなく、あなたは真に祈祷師として助力をしてくれた」
「ファイさん……」
認められたことがジェネットに涙を誘い、バンローディアがハンカチでそれを拭った。
「ちょっと、妹を泣かせないでよ」
「ふふ。お前が姉になったか。ならばファイの姉御も、ジェネットさんの姉になってしまうな」
「それは私があんたとの距離を測りきれてなかった時の呼び方っしょ。持ち出さないでよ」
困ったな、本当に次女になっちまうぜ。濡れたハンカチをしまい、ジェネットの肩を抱いた。
「んな訳だ。いっぺん家に戻ろうか。ジェネットん家に私も寝るとこある?」
居候にはきいてないぜ。とケラケラ笑うバンローディアなのだが、腕の中にいる少女に対して気を使って軽口を言った。東城も「広いお家ですよ」とそれに乗った。
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