おまけ 1
「軍を辞めたいだと?」
新たな世界で東城はひとつの決断をくだした。
「はい」
「東城、考えなおせ。昇進の内示が取り止めになったのはこの混乱のせいだ。落ち着けば昇進できるしお前ならもっと上に行ける」
彼は岩手の生まれで、年上の中尉である。東北のよしみもあるし、東城への期待からか感情的になった。
「竹島さん。昇進は関係ありません。一身上の都合ということで」
その後、近しい友人たちも東城の退職を止めたが彼は気にせず辞めた。
新しい職場は政府近衛という、有事の際に動くフォルトナたちの直轄組織である。
「やあ東城。邪魔しているぞ」
家に帰ると、この家はミドとともに作った家であり、出来上がった際に彼からお前にあげるよと言われたもので、そこに客が来ていた。鍵はなぜかジェネットたちに預けられ、たまり場になっている。
客の男もそれを知って、勝手に上がっている。
「ベルティアか」
そしてジェネットに頭を下げてただいま戻りましたと告げた。
「皆さんおそろいでしたか」
バンローディアと雛菊もいる。客を客と思わないでくつろぎ、テレビに釘付けである。
「辞めてきたんだろう?」
「うん」
研究といってあれこれ本を買うのもほとんど自費で、渡航する場合の生活費も自腹を切らなくてはらない場合もある。それではジェネットたちを養えず、そのために転職をした。
「明日、近衛へ挨拶をしたい。お前も一緒に行こう。迎えに来るから待っていろよ」
ベルティアが帰ると、ソファに寝そべった。一から作り上げた天井や床を愛でていると、
「隣、いいですか」
とジェネットが顔を覗き込んできた。
「失礼いたしました。どうぞ」
「ね、東城さん。別に私たち、お金には困ってませんよ? ファイさんのお手伝いをすることになりましたし」
ジェネット、バンローディア、雛菊に不自由のない生活を東城はさせたかった。そのつもりでいたが、彼女たちは自活の道を自ら得た。
そういう思いを打ち明けることはせず、ジェネットが働くことになったのは東城が政府近衛への内定が決まったあとだった。
「いいんです。ベルティアの話では、声がかかった時に顔をだせばいいらしいので。軍にいれば毎日通わなくてはなりませんから」
「でも、無理に働かなくても」
私が養えばいいので、と東城と同じような考えで、それをはっきりと口にした。バンローディアが笑ったが、テレビがね、とわざわざ言い訳をした。
「護衛のお給金も払いますよ。今まではお小遣いってくらいの額でしたけど、なんだか雇用……なんとかっていうのがあるらしいので」
「皆さんと旅をしたり仕事をするのが性に合うのです。金ではありません」
「恩返しなら十分に受けました。東城さんは自分の好きなようにしていいんですよ」
どんな顔でそれを言っているのか、東城たちは気になった。東城はもちろん、バンローディアたちもさり気なく覗き見たが、うまく微笑して本意がわからない。
ただバンローディアは見抜いた。
「東城が私らと一緒にいたいって言ってんだからさ、置いときなよ。便利だし」
「バンさんの言う通りですよ。それに私を養うのですから、働いてもらわないと」
「雛菊さんも私が。ね、バンさん」
「いや、それはそれでいいけどさ」
東城はこの妙な頑固さを微笑ましく思う。
「ジェネットさんは優しい。このままでは俺が重荷になることは明白です」
「え? 重荷だなんて」
「近衛にはたしか寮があったはずなので、俺はそちらに移ります。ここは自由に使ってかまいませんので」
真面目な顔で言う。ジェネットは青ざめた。
「そ、そこまでしなくてもいいんじゃないですか? ここに、お家に居てくれればそれでいいんですよ?」
「いえいえ。それはいけません。男子たるもの他人の世話になってばかりでは心が腐ります」
「他人……そんなこと、一緒に頑張ってきたのに!」
「とにかく、御恩の尽きないあなたの負担になるようなことはしたくない。それでは」
腰を上げると、待った、とジェネットが叫んだ。東城の袖を思い切り掴み、ぐっと引いて座らせた。
「意地悪をいわないでください」
「俺は働き、ここに住む。それでよろしいですか」
「……はい」
(茶番ですね)
(可愛いじゃないか。もうちょっとハラハラしたかったけどね)
その後、東城は無事に政府近衛に勤めることになったが、基本的にはファイの手伝いをするジェネットたちにばかりに付き添った。その最中に呼び出されても無視をしたり、任務中にベルティアと問題行動を頻発させ、上層部の悩みのタネになったりもした。
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