第百七十五話 揺れる好意と嫌悪

 ジェネットの村は丸ごと転移していた。周囲には古代遺跡が乱立する中、そこだけが牧歌的な雰囲気であり、畑まで備わっているのでどう見ても異質である。


「ジェネットさん」


 村から百メートルも歩けば謎の模様が描かれた遺跡がある。それを興味津々に探索するジェネットは、その呼びかけに勢いよく振り向いた。


「東城さん!」


 走り寄り、東城の胸に飛び込んだ。「おわっ」


 うろたえる東城を無視して、ジェネットは父親譲りの怪力で抱きしめた。


「すごいことになってます! なんだかよくわからないけど、今までに見たことのないものがたくさん!」


 揉め事はまだ起こっていないらしいが、きくとバンローディアはその可能性のために村に残っているという。


「それはよかった。ですが一人で出歩くのは危ない。まだ混乱を極める状況ですので」

「東城さんを探しに来たんです。だって、東城さんがいれば安心ですから」


 向けられた笑顔に、東城は空を見上げた。ぽんとジェネットの背を叩いても彼女はそれを無視した。離れて欲しいという意思表示だったが、そうなると東城にできることはない。古代遺跡を眺めながら、


「俺は神に嫌われてあなたの世界に送られた……この話は以前にもしましたね」


 ジェネットはそっと顔をあげ、東城のあごのあたりを見つめた。離れ、東城の視線の先に目をやった。


「それが、今ではおかしなことになった。神と名乗る連中が、俺に礼を言ったりする」

「とても素敵なこと、だと思います」


 さらりとそんなことを言う。


「おそらくはそうなのでしょうね。昔とは状況も考え方も変わった。今の俺が呼び掛ければ」


 試しに、おいチェインと心の中で呼んだ。


(なんだ。やっぱりついて来たくなったか)


 と当然のように会話ができてしまっている。


(いや。旅中、面倒は避けた方がいいと、世間ではそれが常識となっている)

(当たり前だろ。なんだお前、心配しているのか)

(そんな必要はないだろう。とにかく、それだけだ)

(わからんやつだな。まあいいや。さらば)


「呼び掛ければ、なんですか?」

「助けが来るのだろうと思います。俺はこんなことを望んではいなかったが、結果的に神と共存する世界になった」


 超常の力を何度も目撃し、体感している。好き嫌いの問題ではなくなった。


「別に嫌いなら嫌いでいいと思いますよ。だからって東城さんは私や信者の方々に意地悪をしたりはしませんし」

「はい。俺も特別に意識したりはしません。まあ、これは癖のようなものです」


 俺は何が言いたかったのだろう。空にこたえはない。


「村に戻りましょう。しばらくは殺伐とするかもしれませんので……またしばらくは護衛をさせてください」

「いつまででも。というかずっとそうであって欲しいです」


 ジェネットが下っ腹をさすっている。腹でも下したのかと思ったが、顔色は良さそうだった。

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