第七話 誤解の戦い

「隊長、村中を探しましたが、あとは誰もいません」


 ご苦労。と手短に慰労したのはこの騎士部隊を率いるファイという若い女で、胸甲の花の意匠が爽やかだが、切れ長の目は猛禽のそれに似ていて、他人への印象をきついものにしている。


「私はグラシア騎士団の辺境警備隊、ファイ・バッカニアである」


 名乗りは礼儀というより破砕するための武器のような大音量である。


「これをきくもの全員の安全を保証する。貴殿らが何かを求めるのならば——」


 仲間の騎士ですら震え上がる、その細身からは信じがたいほどの気迫のこもった声である。

 そのでたらめな爆音を遮るように男が一人現れた。


「剣も柔も、一通りはやった。弾雨が降る中でも通用した。お前たちにはどうだろうな」


 鋤を持つこの辺りでは見た事のない着物の男が、散歩の速度でやってくる。騎士はみな剣を抜き、ファイの号令を待った。


ぞくか」


 ファイはそう罵り、片手で合図をした。一声かければ猛然と騎士が突撃をするのだろう、部下たちは腰を落とし前傾の姿勢になった。

 東城は、静かに佇んでいる。逃げろとジェネットに目配せをし、そして騎士へと向き直った。


「忠義のために、賊にそうなった。だが戊辰の顛末が読めぬほど馬鹿ではない。俺たちは」


 俺たちはと繰り返したが、その先が続かない。賊と呼ばれ腹は立たなかったが、事情も知らない騎士にあからさまな敵意を持って吐き捨てられると、否定しなければならないような心地になった。

 なるべく整然とその説明をしようとしたが、当時の情景を振り返ると口がうまく動かなかった。


「胡乱な男め。始末しろ」


 ファイは投げやりに指示を出し、騎士がその命令に従おうとする寸前、


「待って!」


 と、悲鳴が轟いた。ジェネットだ。

 彼女は父親の胸元から離れ騎士と東城の間に割り込んだ。


「待ってください! この人は——!」


 泣き出す寸前の彼女の肩を東城がそっと引いた。ジェネットを背中に隠し、そして東城の持つ鋤の先端が、騎士たちに向けられた。


「俺は東城という。貴様らがたとえ何者でも、これ以上の狼藉は許さんぞ」


 生温い風のような足取りだったこの男が、途端に暴風のような険しさをまとった。その言葉の激しさと狼藉という言葉に、ファイは手をあげて部下に待機を命じた。


「狼藉? なんのことだ」

「とぼけるな。村に火をつけ村人を殺したことだ。こんな子どもにまでその剣を向ける気か」


 東城は憤りの中で、それは自分へ向けられた怒りだということに気がついた。

 蔑みがそのまま過去の自分へと跳ね返り、その嫌悪から鋭い視線のまま少し涙を浮かべた。


(俺もたいがいに人を切った。米俵にだって火をかけた)


 しかしジェネットを守るためには悔恨などは無用であるとし、目元を袖でぬぐい、ジェネットを突き飛ばした。


「逃げろ」


 小さく呟きずんずんと歩んでいく。ジェネットは「話をきいて」と狂ったように腰にすがるも、東城に満ちる闘争心は揺るがない。


「待て。東城といったな」

「おう。東城九郎だ。にしゃらおまえたちの相手は俺一人で十分よ」


 会津訛りで叫んだ。それほどまでに戦さで塗りつぶされた青春の記憶が呼び戻されていた。当時の、行軍する敵の懐に飛び込む獰猛さまでもが蘇り、暴力がこの男の全てを支配した。


「聞け、東城九郎ォ」


 ファイはまた爆音を響かせる。砲声のように聴覚を麻痺させ、戦意を挫く作用があった。東城も名を呼ばれ足を止めた。が、鋤を構えるその姿は、今にも騎士に飛びかかりそうである。


「誤解がある。我々はグラシア騎士団、辺境の守護を務めている。ここ訪れたのはその任を果たすためだ」


 一転、柔らかな声である。しかし目を血走らせた病人のようなこの男に対しては、あまり効果がなかった。


「それがこれか。この有様か」


 火がいつの間にか消えている。バケツを持った十名ほどの騎士たちがファイの後ろに隊列を組んだ。


「東城、違うんだ。この人たちは村を救ってくれたんだよ」

「……ミドさん?」


 東城は村人たちから浴びる視線と、ファイからの「剣を、もとい農具を収めてくれないか」という優しさで、ようやく気がついた。


(早とちりをしたのかもしれん……!)


 うなじが熱い。自分でも首筋が赤らんでいることがわかった。


「だから待ってって言ったのに!」


 ジェネットが叫んだ。東城の腰に抱きつき、その背を何度か叩いた。心配の裏返しが、彼を最も恥ずかしがらせた。


「——あの、その、お見苦しいところをお見せしまして……」

「東城九郎。これから焼け焦げた家々の片付けや死体の埋葬をする。恥ではなく貢献したものとして皆に名を覚えてもらうがいい」


 ファイは高く笑った。東城は顔を隠すこともできず、羞恥に立ちすくみ、村人たちから散々にからかわれた。その間、ジェネットは泣きべそをかいたままずっと腰にくっついたままだった。

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