第五十三話 さすがの東城さん

「俺らぁ、ただ武器を売っただけで何もしてねえんだ。あの武器だって隣町から安く仕入れたもんで、ここなら高く買ってくれるときいて来たんだ」


 誰に。と東城は言う。小遣いから一番安い酒をもらい、彼らの前に出した。東城への恐れからグラスに触れもしない。


「誰にって、ベグだよ。あいつがこの辺りの連中をまとめあげてんだ」

「ベグ? そいつに言われたからって店主を脅してクズを売ろうとしたのか」


 日々の生活のために仕方がないのはわかっているし、非常な困窮も経験がある。それでもやっていいことと悪いことがあるだろうと説教をした。そんなことは彼らもわかっているし、しかしいつ拳が飛んでくるのかわからないため黙ってきいていた。


「あ、あー! さっきチンピラから店を守った男じゃないか」


 アレクラムの主人がジェネットたちを率いて店にきた。棒読みなのは、こういう芝居に慣れていないためだ。

 白々しい名乗りを終えて、同卓した。チンピラたちは肩をこれでもかと縮めている。街の名士がやってきたので客が集まりそうなものだが、よそ者が威嚇しているのでこそこそと店を出た。店主ですら御用があれば呼んでくださいと裏に逃げた。


「どうやらこのものたちはベグという人物にそそのかされたようです」

「……また面倒だな。山賊の親玉じゃないか」

「おい。なんでベグが高く買ってくれるなんて言ったのか、わかるか」


 東城はいつもの彼に比べれば高圧的である。ジェネットは特にそう思ったが、居候だったり転生したりと妙な身分でなければ、これが本来の東城である。粗野でぶっきらぼうで素直じゃないと自覚はあるが、それが俺だと開き直っているところもある。


「なんでも、連中は俺に逆らえないとか」

「なんだそれは。その理由を話せ」

「ちょっと東城さん。あんまり怖がらせたらいけませんよ」


 ジェネットが口を挟んだ。東城は演技と本心のはざまにいるが、ここで丁寧になって小娘に手綱を握られていると思われても困る。見透かされればこのチンピラがジェネットを人質とするかもしれない。

 妄想の恐怖を現実にしないためにも、ジェネットに強く出なければならなかった。


「ん……ああ……そう、そうかもしれま——悪いが席を外す。話を聞いておいてくれ」


 ジェネットと店の隅に連れ、声を潜めた。


「作戦です。俺は強いぞというところを見せましたので、それを崩さないようにしているんです」

「でも怖がらせるのは良くないですよ。そんなことをしなくても、東城さんならできますって」

「ここまでやってしまったので引き下がれません」


 そうなるとあなたが危ない、とその理由を説明しようとすると、またジェネットは無茶をした。ふらりと席に戻り、


「ベグさんとクイサさんの関係をご存知ですか? 二人はどこにいるんですか」


 と単刀直入にきいた。なんだこの娘っこはとチンピラたちはバンローディアやカイに視線を投げるも、睨まれて首を竦めた。


「……知らない」


 こたえるも、戻って来た東城がジェネットの後ろに立っている。手がいつでも剣に伸びそうなしかめ面である。


「本当に知らない!」


 バンローディアがふんと鼻を鳴らした。東城にさりげなく視線を向けて、頷いた。特に意味はないのだが、チンピラは慌てて白状した。それが合図になっていたらと想像してたまらなくなったらしい。


「北にある山の麓だ! ボロ小屋が何軒か集まってるところだ、俺らは要塞って呼んでる!」

「要塞? なんでベグさんはそんなところに」

「賊にも縄張りがあるんだ、あるんです! 丸太で囲ってあって、何人も見張りがいる! だから要塞だ! です!」


 この集団の誰がリーダーなのか、誰の了承で人を斬るのか、小娘は、男は、アレクラムの主人とどういう関係なのか。チンピラたちは思考が追いつかず下手に出ることしかできなくなっている。


(三流はこうだから楽でいい)


 一心地ついた東城は他に知っていることを吐けと言った。ジェネットに睨まれたが知らないふりをした。


「もうありやせん!」


 泣いている。主人はあまりの不憫さに小銭を渡し「真っ当にやれ」と告げて引きあげていった。

 バンローディアもジェネットを連れて後を追ったが、東城が何かをやっていることに気がついた。


「いいか。二度と悪さをするな。俺は東城という。もし今後貴様らがよからぬことをしたら、わかるだろう。仲間にも伝えておけ」


 その表情は見えないが、チンピラたちが茫然として頷くこともできていないあたり、相当に殺気を込めているのだろう。


「あれ? 東城さんは何をやっているんでしょう」

「……怖がらせて申し訳なかったって言ってたぜ」

「さすがです。それでこそ東城さんですね」

(あの暴れ方を見て、何がさすがで何がそれでこそなんだか)


 ヘラヘラしている東城と合流した。聞こえましたかと確かめてきたので、さあねとだけ言った。ジェネットはご機嫌である。「やっぱり東城さんは頼りになりますね」と腕を大きく振って帰路についた。

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