第五十四話 いえないこと
「山賊、しかもベグときた。あそこの店主は何も知らなかったし、大旦那は留守だったし、これはいよいよ騎士に頼らなくちゃならねえな」
主人はそう言ってため息をつく。ベグは山賊の頭領で、噂話になると手下が百を超えていたり、騎士の討伐を三度も撃退しているなど、その武力と悪知恵は誰しもが知るところである。
大勢の配下は組織を率いるだけの度量や、彼らの日々の食糧も持っているということになる。噂通りならその集団はもはや山賊ではなく大きな村といえる。
(そんなはずがない)
東城はあくまでも噂だと思っている。それほどの規模ならば今までこうした被害が出ていないはずがなく、またやられっぱなしの騎士が放っておくはずもない。
「せいぜい十か二十でしょう。幕府から禄をもらっても百もいたら裕福は難しい。しかし金品の強奪をすれば目をつけられる。数の心配はしなくてもよさそうです」
ばくふ? と首を傾げられても、東城は気にしない。
(二十として、俺にそれがやれるのか)
ベグは生かしておかなければならない。そこに手がかりがあるはずだ。そう思案していると、使用人が小走りでやって来た。
「デルバル様が」
礼を言いに来たのかと思い主人が出迎えると、小太りなのが滑稽にみえるほど死人のような顔色である。
「客人がいるのであれば日を改めようと思ったが、そうも言っていられない」
困り切ったその憔悴に、東城らも席を譲った。その中でデルバルは語る。もはや外聞など気にしていないようだった。
「お前を長らく敵として見てきた。それと同じくらい友人としての敬意があった。商売の道だ、違うのが当然だ、それでも街と家族のために働く姿は、俺を勇気づけた」
「どうしたデルバル。そんなことは、とっくに知っている。お前も俺の胸の内をわかっているはずだ」
「だからこそだ。俺を殺せ、アレクラム。俺はすでに人ではなくなった」
お前の娘を盗んだのは俺だ。
そう静かに告げた。上着を脱ぎ、首と胸と晒す。それこそが友情の最たるものだと示すかのようでもある。
「ちょ、ちょっと待て。混乱させるな、最近は結婚だなんだでわけがわからなくなってんだ」
「俺がお前の娘を奪ったんだ。オケトの近くの街で、ちょうどあんたの娘を見かけた。彼女は浮かれているようで、俺を見ても警戒しなかった」
傭兵を雇った。娘を脅して親父に今の商売から手を引くように伝えろと、それだけを依頼した。
すると抵抗されたためにさらったとの報告が届いた。しかもその傭兵はベグの配下であり、今度は逆に脅されるようになったと言う。
「商売敵の身内を誘拐したとなれば家名には傷がつき、商いはうまくいくはずもない。信用だけが生命線だ。だが、俺はそれを自ら絶った」
「——デルバル。この糞ったれめ」
主人の拳が彼の頬に突き刺さり、東城の足元に歯が二つ転がった。
「直接危害をくわえるようなことを命じなかったこと。洗いざらい告白したこと。この二点に免じてこれで済ます」
「やりすぎかもです……」
ジェネットは苦笑いでその暴挙をたしなめたが、治療しようとはしない。拳を振って喜んだのはバンローディアだ。
「おーおー、よかったなカイさん。あんたの歯は全部くっついてるぜ」
「……冗談でもやめてくれ」
「それでクイサさんはどこにいるんでしょう」
デルバルは口の周りを血だらけにしながらも根性で会話を続けた。
「ごほっ、やつの根城にいる……。毎晩使いのものが来て、金をせびってくるんだ。お前が金を払わねば、あの子の命はないと」
(本当に生きていればの話だが)
冷静なのは東城だけで、他はみな当然のように命があると思っている。それが前提で話が進んでいるために、東城はどこでそれを否定しようか悩んだが、言い出せないままになった。
「じゃあその要塞に行って助けないと。ね、東城さん」
どれほど「もう死んでいるかもしれないので、騎士に任せましょう」と言いたかったかわからない。しかしジェネットにそう言われると頷くことしかできない東城だった。
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