第百七話 地図の空白
「次の街がわからない?」
バンローディアの悲鳴に似た叫びが木々を通り抜けていく。
「はい。進路はアルドラへ向けて走り出しましたが、道中に民家はなく、この地図にも」
東城は地図を開き、現在のおおよその位置に指を落とす。そこには何も記されておらず、また周囲も空白である。目立つものといえば、手慰みに書かれたような森が散らばっているだけだった。
「こういう場合は戻るのも手ですが」
「どうせしたくないんだろ。いいよ、とりあえずはこのまま進もうぜ。ジェネットもそれでいいよな?」
「はい。こういうのも旅って感じで、むしろ楽しいです」
アルドラへ向かうことだけが彼女の目的だから、それが果たされればいい。二人のことを信頼しきり何があっても平気であると、その目的は半ば果たされているような心境である。
そのためどんな問題にも精神的に正面からぶつかれたし、挫けたり悩んだりすることが少なかった。
「ちょっとお祈りしたいんですけど」
ジェネットが外でそれをするとき、あまり時間はかからない。が、バンローディアは東城に睡眠を勧めた。
「寝とけよ」
わずか数分から十数分の短さかもしれないが、目だけでもつぶって横になれと、穏やかだが強制力のある語気の強さである。
「御者が途中で寝たら危ないだろ」
(それもそうだが)
眠くはない。しかしこのやりとりの間に祈りが終われば、バンローディアの気づかいが無駄になる。
「では、あとはよろしく」
「うん」
あくびを噛み殺しての返事は心細いが、十五分ほどの睡眠が取れた。
「お待たせしました」
祈りが終わったジェネットが戻ると、東城は何かされる前に目を開けて、御者席に飛び乗った。
(このくらいの休息でも疲れは取れるのか)
徹夜明けだが身も心も元気である。寝る前より、たしかに活力に満ちていた。
元から極限の疲労に慣れていて、ほんの少しの休息で効率よく回復できるような体質になっているのかもしれない。
一時間ほど馬車を走らせると、煮炊きの煙が遠くに見えた。手前にある森を迂回し、今日の宿としてもそこに向かいたい、それをジェネットらに説明した。
バンローディアは現在位置を何度か確認し、
「そこでいいよ。何があるのかわからないけど」
地図の空白を埋めるためにも賛同した。
(あそこはもう、チェインの城と見ていい)
東城はすでにそう考えている。とことこ歩いていた馬が小さく鳴いた。
「お前もそう思うか」
と、暇つぶしがてらに会話し始めた。
「奴らのやり口もあの女郎も気にいらん。ここが京ならばと思わなくもないが、いつまでも引きずっていてはどうしようもない」
何を喋っているのかは馬車からはわからなかったが、何か喋っているのはわかった。
(もう少し寝かせたほうがよかったか?)
「なんだかご機嫌ですね。ナートとお喋りしているのかな」
暇だからとはいえ馬と会話をするな。そうやってからかいたくなるバンローディアだが、彼女たちも世話をする時に声をかけているためにそんなことは言えない。馬の方も相槌をうつかのように首をふったり小さく鳴いたりするので、なおさらに可愛らしい。
(落ち着ける場所だといいんだが)
旅の苦がまさに今バンローディアを悩ませる。妹のようにはいかないが、彼女が悩むよりは気が楽である。
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